心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

「可能である」と「実行する」は全く別の話

こうやって大きな地震が起きるたびに一定数出てくる、人工地震だと騒ぎ出す人たちの話をしようかなと思います。とりあえず被災した方々に対して失礼極まりないので黙っとけや、というのが感情的な心情ではありますが、そこを掘り下げても生産性がないので鞘にしまいまして……。

昨年読んでいた「思考の穴」という本。
この本の内容を踏まえると、真面目に人工地震説を言っている人の心理も分からなくはないです。確証バイアス・エビデンスよりエピソードを信じてしまう・そこに現代ならではのSNSによるエコーチェンバーあたりの盛り合わせって感じ。
とはいえ、この感覚で普通に社会生活を送れているのか?くらいの感想は出てきてしまいますね。

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理論上、人工地震は可能だが……

調べてみると人工地震自体は起こせるらしいんですよね。
穴を掘って、その穴の底でとんでもねえ規模の爆発を起こせばいい。実際に某国などでは地下原爆実験などの際、その影響で小さな地震が発生したりというのはあったそうです。

なるほどねえ、人工地震は起こせるのか……と。ただし、人工地震説を言い出している人に足りないのはこの先の思考。
では震度7地震を人為的に発生させるために必要なエネルギーはどのくらい必要なのか?って話なんですな。ちょっと色々調べてみて出てきたのが、広島に投下された原爆230個分くらいのエネルギーが必要らしいです。

……現実的な話として、どうやってそのエネルギーを用意するのか。その規模のエネルギーを発生させるための何かを用意して、さらにそれを発生させるための震源の深さまで穴を掘る必要があります。
労力もそうですが、そのために必要な経済的な負担もとんでもないでしょう。時間もめちゃかかるよね。今回の規模の地震を起こすには、いったい何年前から用意する必要があるんでしょうか。
何よりそれを言い出している人は人工地震を発生させた動機もはっきり提示できない。
ただ具体的なデータは出さないまま、陰謀論的な話を証拠として提示しながら「人工地震だ!」と言っているだけです。それは証拠にはなりませんよ?

今回の能登地震の場合、原因が地下に溜まっていた水という説があることでその線から反論している人もいましたが、そうだとしても「その地下水の位置まで穴を掘り、そこに地震のきっかけになるほどの量を追加で注水する」ということになると思うんですが……こっちも同様で、どうやってその規模の作業を実行するんですかね?


「人工地震は理論上起こせる」のと「人工地震を実際に発生させる」のは別の話なんですよ。「起こせるんだから人工地震なんだ」で思考が止まっている人、もう少し多角的に物事を見た方がいいと思いますよ。
もちろん人工地震の可能性はゼロではありません。用意さえできれば「起こせる」からね。
ただし、理論上ではなく現実問題としてそれを起こせる状況が揃っていたのか?までちゃんと考えましょうか。技術力とかリソースコストとか。そこまで踏まえると、ゼロではないが可能性は限りなく低いという程度の考えには至ると思うんですけどねえ。

自戒も込めて定期的にこのブログでは触れておきますが、認知閾の存在を再度確認しておきましょう。
認知閾 - Wikipedia
「怪しげな因果関係に飛びつく」「物事の原因が不明でも何か一つにこじつける」あたりは今回要注意。


最後に……これ書くと料理研究家リュウジさんと同じような炎上起きかねないんですが、人工地震説を訴えている人、反ワクチン論者だったりれいわ支持者だったりする率が著しく高いです。100%とは言わないが、Twitterでこの手の手合いのプロフィールを見ると高確率なんですよね。
この奇妙な符合の意味はいったい……?