心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

【鎌倉殿の13人】政子は“悪女”となったか

昨年書いた、大河ドラマ「鎌倉殿の13人」最終回の感想についてコメントをいただいたんですね。

具体的な内容はリンク先を下にスクロールしていただけると読めると思うんですが、内容としては「最終回で一気に俗説の悪女政子になってしまい、陳腐な終わり方だった」という酷評。
自分は一切「悪女政子になった」という印象を受けなかったため、具体的にどのシーンでそう感じたかを逆に質問したんですが、残念ながら返答はなし。まあ基本的に書き込んだあとは読んでくれないよな、一度読んだものって。
こうなると自分の中で地味に燻る何かが残り続けているので、今回は「最終回で政子は悪女になったのか」を考えてみようかなと。最終回を再度観る方法が今手元にないので難しいんですけどね。こうなるなら録画して残しておけばよかったわ……。

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「後世悪女と呼ばれてもいい」=内面は悪女ではないことの証明では?

最終回のラスト、義時と2人で語らうシーンで政子本人が言っていたように思うんだけど、それが「後世で悪女と呼ばれても構わない」という趣旨の発言。
これを本人が言っている時点で、後世に残る「北条政子」が悪女だとしても、本人の精神は悪女ではないのがほぼ確定だと思うんですよね。
そもそも三谷幸喜は本作品を書くにあたり「北条政子が悪女には見えない」というイメージがあったことを明言しています。その上で時代考証・史実として起きたことは大事にするのが三谷作品。
つまり「悪女ではない北条政子」が、後世において「悪女北条政子」として伝わっているというのが「三谷幸喜が描きたかった北条政子」だと思うんだけど、どうでしょうか。
そういうズレを、ドラマ内で北条政子自身の発言などから内面を描くことで表現したかったんだろうと思うので、本作の政子を悪女のように感じたとしてもある種思惑通りなのでは?感はある。ただしそれ、ドラマだからこそ描かれた北条政子の心情なんかを全然取り入れていない見え方じゃないかなとは思いますが……。

わざわざ「後世で悪女と呼ばれてもいい」と言う時点で、少なくとも政子本人の内面は逆説的に悪女ではないと思うんですけどね。

義時に薬を飲ませなかったのは、愛であり復讐でもある

ラストシーンの北条政子に関しては、宮沢りえさんが「愛しかなかったよ」と言っていましたが……個人的にはそんな簡単な感情ではないかなと。
コメントをしてくれた方は「これまで義時と二人三脚、1話前には朝廷と戦を起こしてでも義時を守ろうとしたのに……」ということを書かれていたので、悪女になったと感じたところはラストシーンかな?と推察できるんだけど……。あれ「悪女として」義時の命を間接的に奪ったんですかね?

かけがえのない家族でもある。
一方で自身の「頼朝の妻」というステータスだけを利用されていたような側面もある。実権は義時が握っていて、いざという時に表に立ってくださいねっていう感じで政子を利用していたのが今作終盤の義時だと思うんですよ。

これ以上罪を重ねようとする義時を救おうとしたのも本心。
そして直前に頼家の死の真相を知らされ、義時に対する復讐心やら憎悪がグッと押されたのも本心。
躁鬱病の人は、その躁状態鬱状態とが入れ替わるその時、ネガティヴな感情に行動力が伴ってしまい自ら命を落とすという話を聞いたことがあります。
ラストの政子も似たような状態だったんじゃないかと。

ただ、間違いなく計算して行った行動でもないし、それが北条政子にとって利益になるから行ったことでもない。
愛憎渦巻く、実に人間的な発作的な行動。
はたしてこれを「悪女」と呼ぶのか、という。個人的には、今作で描かれていたのは終始「人間」北条政子だったと思います。

そもそも「悪女政子」とはどういう人物像なのか

正直なところ今まであまり鎌倉時代に対して興味がなかったので、政子が日本三大悪女にカウントされていたりするのは知っているけど、どういうところか悪女たる所以なのかがあまり分からなかったんですよ。
で、今回「北条政子 悪女」とかで調べたら……意外とはっきりしないんですよね。

頼朝の度重なる浮気に対して起こした行動の嫉妬深さ?
時政、頼家、実朝などの身内を容赦なく斬り捨てる冷徹さ?

前者はともかく、後者の方は本作ではそういった身内を処断する行動はいずれも義時が行なっていて、むしろそれに対して否定的なスタンスだったのが政子。そこから一回だけの義時への行動だけを見て「最終回でいきなり悪女になった」は、申し訳ないけど視点が単純すぎませんかねえ……?
頼朝の浮気に対しての苛烈な仕打ちは……まあそういう人間として伝わっているけど、これ悪女要素か?と言われると個人的にはやや微妙ポイント。
根本的に「政子の何を持って悪女と呼ぶのか」が結構個人差がありそうなので、ここまで書いてきておいてアレですが回答が出ない問いのような気もする。

東西両陣営に金銭を貸し応仁の乱をいたずらに長引かせる一因となった日野富子や、政治的センスのなさとプライドの高さの結果豊臣家を滅亡への道へと進ませた淀殿と比べると、悪女としての政子を見た場合にその格がめちゃくちゃ低い気がします。淀殿とかちゃんと現実見て家康に頭下げてれば、豊臣家自体は残ってたんちゃう?とか思うし。
むしろ逆だもの、北条政子。長く続く鎌倉幕府の礎を築いた一人であって、破壊・終焉である日野富子淀殿とは異なり創造・始まりの人間に見えますね。


皆さんはどうお考えでしょう?
「鎌倉殿の13人」における北条政子は最終的に悪女になったのか。
いや、そもそもの話、北条政子という人は実際には悪女だったのか……。