心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

【どうする家康】視聴を打ち切ろうかと思います……

1話目は思っていたより全然悪くないじゃん!という感じだったんだけど、続けて観るごとに、むしろ続けて観ることで厳しくなってきた。

もちろん複数の要因があるわけですが、一番大きな原因は「徳川家康という人間の生涯」という連続性のある一つの物語を描くことと、今回脚本を担当している古沢良太氏との相性が致命的に悪いこと。


Twitterを彷徨っていて見つけたこちらの意見を読んだ時に「ふうん そういうことか」と日下部覚吾のごとく腑に落ちてしまった。
逆にいうとこれ読まなければモヤモヤしつつ視聴を続けていたかもしれませんが、納得ポイントが多すぎてなあ。
良いとか悪いとか以前に、自分と噛み合わない大河ですわ今年。

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連続性のなさ

上にリンクを貼った記事で一通り丁寧に説明されているので、そっちを先に読んで頂いた方が早いと思うんですが……とりあえず今回の大河、2〜3話が1セットのパッケージとして構築されていて、別のパッケージのセットとの連続性が断絶しているんですよ。

例えば「瀬名奪還編」が終了したあと「三河一向一揆編」に入ったわけですが、この三河一向一揆編に入った途端に瀬名には一切哀しみとか辛さとかがない。本当に前回までの話で、両親とか自分のお世話してくれた侍女とか始末されてますか?ってレベル。
これさあ、なんとか瀬名だけは取り戻せたものの塞ぎ込んでいる彼女を立ち直らせるために、周囲の女性達が「一向宗の寺社町面白いらしいから行ってみましょうよ」と誘ってみて……みたいなフックで、瀬名を多少立ち直らせると同時に一向一揆編への導入に使えたと思うんですよね。

この傾向は1セットの話の中ですらたまに発生していて、三河一向一揆にしても「なんか分からんが松平が優勢になって勝った」感じ。むしろその経緯こそ丁寧に描かないといけないし、家康が軍議に後から出てきて「わしはみんなを信じる!」って言っただけで家臣のモチベーションが復活するのは流石に雑でしょ、と。

家康もいきなり内面が変わりすぎていてついていけないんだよな。はじめは岡崎なんて田舎は嫌だって言っていたのが、次の話では「わしが守る」になっている。
その間を描かなすぎなんだよなあ、今年。
何か困難に直面する「どうする?」が発生して、それを乗り越えるたびに家康が成長する。実は放送前はそういう構造なんじゃないかなあとか思っていたんだけど、実際に見ていると「どうする?」は発生するしそれはなんやなんやでクリアするものの、その「なんやかんや」はフワっとしている上にパッケージごとに話が断絶しているので、その過程で「家康が成長している」の部分が見えないんですよね。
一向一揆で民と向き合うことの大切さに目覚めた家康が、次の話でやってるのは側室選びのオーディションっていうのはもう分からない。ドラマ全体として何かの意味があって挟んだエピソードなんでしょうか、側室選び編は。

下品すぎる

もう一つの理由がこちら。これなあ、正直不快なレベルなんだよなあ。
特に女性の扱いが酷い感じがあります。

それこそ前回の秀吉、家康のところから去り際の発言「やっとけば……」とか本当に酷いと思うんですね。秀吉のキャラ付けだとしても過剰かなと。あのセリフ必要でしたかね?
他にも於大の方の瀬名に対する「子供を産め」の一連の流れも。あれも実際には当時の女性の立場を描いているんだ……とは思うんだけど、それでも「子を産まなくなったら終わり」とか「ポンポン子供を産む側室を娶れ」とかは言葉選びとして品がなさすぎるんですよね。これも些か過剰かと。

やっぱ大河ドラマですからね。自分はそれなりに品性みたいなものも求めたい。
このシーンで描きたいこと自体はは一応伝わるんだけど、その伝え方はもう少しなんとかできなかったのか?とは思ってしまったんですよね。
家族で一緒に観ているような人もいるのが大河。「子供にはちょっと見せたくないな今年」という意見もTwitterでは見かけたし、実際そういう質の下品さなんだよな、今年。

自分は楽しめなさそうなので脱落します

一応毎週大河を観ながら感想も書いてきた当ブログですが、はじめから観なかった「いだてん」などを除くと「西郷どん」以来の観るのを途中でやめる作品となりそうです。読んでくださっていた方もいるでしょうけど、ちょっと10話まで観た結果自分はこれ以上はさすがに難しいかな、正直。

冒頭でリンクを貼った記事に今年の大河の楽しみ方も書かれていて、それは「今週の話を見たら来週までに内容を大体全部忘れておく」こと。
たしかにそれができるなら、話の連続性が見えてこないことも問題には感じないでしょう。ただし、じゃあそれを「徳川家康の生涯」をテーマにした50話近くあるドラマでやることですか?と考えてしまうと自分は納得できんのですね。

もう視聴者もちょっと忘れているようなくらい昔の話に伏線が張ってあって、それが回収されたりした「鎌倉殿の13人」とは真逆の作風。その伏線回収に唸ったり、あるいは観ている時も「これは何かの伏線なのか……?」とか予想しながら視聴するのが楽しかった。
どちらも楽しめるという人はそれでいいし、むしろ「どうする家康」を楽しめる人は素直に楽しんで欲しいなあと思います。自分は厳しいってだけで。

これなあ……やっぱり「平清盛」みたいな作品がめちゃくちゃ好きな自分としては、今年は色々軽すぎるというかね。
岡田准一の信長をはじめ、松山ケンイチ演じる本多正信山田孝之服部半蔵。他にも阿部寛武田信玄もいい感じだし、本多忠勝もいいよね。そんな感じで演じる役者さんは皆魅力的なのが辛いポイントではある。この辺も自分の中では、役者さんはすげえ良かったのに観るのを断念した「西郷どん」と同じ何かを感じます。

次回はおそらく曳馬城攻防戦だと思うんで、それは観ようかなと思っているところ。ただそれを最後にするかなあ、今年は……という感じです。
そうなると日曜日は何書けばいいんだろうなあ……。