心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

心の雑草 2023年1月まとめ

1ヶ月経つのが早いなあ……。

つけ麺食べてみたりもしつつ、ゲームに読書にまあ色々と。
姪が久しぶりに来て一緒に遊んだり、下旬には仙台では珍しく積もるほどの雪が降って大変だったり。
数年ぶりに居酒屋時代の同僚と会って軽く飲んだり。

振り返ると、意外と小さめの単発イベントがたくさんあった月ですね。

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Fallout76

新年になって一番やっていたと思われるゲームがFallout76。
1月のフリープレイになっていたことで、新規プレイヤーが結構増えてて楽しい。ただし月末に関しては、一方で良い感じのアップデートと共に、上級者ほど困るタイプの深刻なバグも発生してしまっていたので一時的に古参プレイヤーが少なくて、若干デイリーオプスやパブリックイベントに困る感じになりましたね。
そしてそのバグを修正したかと思ったら、今度はプレイ中にエラーが発生してクラッシュするというもっとひでえバグが……。近いうちに直るらしいけど果たして。

微妙に不親切なところもあるオンラインゲームなので、先輩風吹かせて新規プレイヤーを手伝ったり行動でやるべきことを示したりして教えてあげるのが楽しい。デイリーオプスで、自分の後ろをピッタリくっ付いてくるレベル2桁のプレイヤーさんをみて穏やかな気持ちになりますよ。「いつかお前も他の誰かの前を歩くresidentになるんやで……」みたいな。

しばらくやらない期間があって、久しぶりにやってみるとまたハマる。
核戦争後の荒廃したアメリカが舞台という世界観で、プレイヤー間のゆるい繋がりの中味わえる生活ゲーム。他にはない何かがあるのは確かです。

ウマ娘

まずは念願のダイタクヘリオス実装、おめでとうございます……といいたいところだけど、素直に喜び切れない自分がいる。先日書いたようにそのヘリオスのストーリーがヘリオスのストーリーじゃない問題を抱えていて、ちょっと悲しみがあります。フォーカスされるのがダイタクヘリオスというよりもダイイチルビーになってしまっている印象で、ストーリー自体は登場ウマ娘達の考え方の差や光と影の対比で悪くはないため、なんだか複雑ではある。
なんやかんや言ったところで、結局は「ダイタクヘリオスの育成ストーリー」の枠はこれで使われてしまったわけだからなあ……。トレーナーとしてヘリオスと一緒に頑張っていく的な要素が、極端に弱かった感じがある。

ゲームシステム面で一番大きかったのはアオハル杯のアップデートですね。
これについても先日書いたけど、ほとんど使い道のなくなっていた既存のシナリオに、明確な立ち位置が追加された(しかもかなり実用的)というのはかなり良い傾向だと思う。
サクッと因子周回しつつそれなりのものを期待できるアオハル杯。
理論値では一番強い因子を作れるであろう、ガチ勢向けのクライマックスシナリオ。
そしてチャンピオンズミーティングに出走させるウマ娘育成のグランドライブというところか。
……URAは以前アプデがあったけど、今回のアオハル杯のアプデの出来が良過ぎてまた空気に戻ってしまいましたな。ハッピーミークとの対決イベントが追加されたことで、かえってテンポが悪くなって「とりあえず育成ストーリーを読む」という使い方としても使いにくくなっているのがまた。

とりあえず自分はアオハル杯で因子周回〜グランドライブで本育成の流れになりそう。
とはいえ2周年のタイミングでまた新しい育成シナリオが追加されるので、そうなるとアオハル杯で因子〜新しいシナリオで本育成という流れに変わるのかな?まあその新しいシナリオの仕様次第だけどね。
個人的には無理に半年ごとに完全新規のシナリオ追加しなくてもいいとは思うんですが。今回のアオハル杯のような良い調整ができるのであれば、現在のグランドライブ自体ストレスなく楽しめる良いシナリオだと感じているので。
むしろメイクラのようなシナリオが増えることへの不安の方が勝っちゃう。
バランス調整も同様で、こうやって年に一回しか大きなバランス調整を行わないなら将来まで見越して慎重に調整して欲しいんですがね。今年もクリオグリみたいなことが起きないことをただ願うだけです。

読書

 
今月は昨年から読んでいた「バカと無知」を読み終え、そして今読んでいるのが「ファスト教養」です。

「バカと無知」の方は内容的にはだいぶ容赦ないというか。ただこの本、一度は読んでおいた方がいい気がします。新書だしサクッと読めるから、本当にこれに関しては皆さん読むべきかと。
中身が学びになるからという理由よりも、読むことで色々と戒めになる一冊。自分も含め人間という生き物は、そもそも欠陥まみれであるということを認知しているか否かというのはデカいです。そういう認知を獲得するために読んでいただきたい。
例えば「頭の悪い人間と良い人間で意見を統一させようとして議論させると、悪い方の意見に引っ張られる」とかね。人という生物にはそのような傾向があるということを知っているだけで、世の中の見え方が変わることが色々書かれている。
人によっては生きるのが楽になる人もいるかもしれません。自分は楽に生きるための一つのファクターに「諦念」を挙げますが、それの一助になるかも。人間という生物全体に対してのある種の「諦念」を獲得できる。
この「バカと無知」に関しては、後で改めて書評というか感想というか、書いてみようかなと思います。

そして今読んでいるのが「ファスト教養」。
それこそ自分は多趣味なので、いろんなことを知りたくて調べたり、あるいはYouTubeなどで解説を観たりするんだけど……。そんな自分のスタンスは、この本で論じられている「ファスト教養」とは真逆のもので少し安心している。
「ファスト教養」というのは、それが社会で役に立つのか。言い換えると儲かるのかという基準での教養。だから「なんとなく周囲と話が合わせられる程度の表面をなぞるだけの知識」とかでもいいらしくて、昨今はそういう本がまあ多いらしい。
「教養としてのマンガ」とか「教養としての日本酒」とか、もうなんでも「教養」を枕言葉にした本が出ているみたいです。で、そんな風潮にシンプルに気持ち悪いなあ……と思っているのが僕です。
本ではそんなファスト教養のムーブメントの解説の中で、オリラジの中田敦彦やDaiGo、ひろゆきホリエモンにも言及しているんだけど、誰も彼も自分が少なからず嫌悪感を抱いたり、あるいは良いこと言ってるなあ……とはとても思えない人たちの集まりでこれがまた。
個人的な肌感覚で申し訳ないんだけど、上に挙げた人たちは社会的・金銭的にはもちろん大成功しているしそこは素直にすげえとは思うんですが……なんか人間的に薄い感あるんですよね。社会で成功することを優先した結果、他者とか平気で蹴落とす印象。以前炎上したDaiGoの「ホームレスの命はどうでもいい」という発言はその典型例でしょう。
小泉政権以後の、自己責任論が増長していく社会に乗って拡大していったとも書かれているけど、それはそうかもなと。「自分で稼げない=悪」みたいな風潮が若者の潜在的な恐怖を煽り、稼ぐツールとしての「ファスト教養」の進出を後押ししているんでしょうね。中田敦彦YouTubeチャンネルとかひろゆきが人気あるのは、その辺を端的に表していると思います。
ある種岸田政権もそのノリはある気がする。今の社会情勢で増税を考えるってどう考えても異常事態で、それに耐えられない国民は切り捨てるという意思表示に見えなくもない。まあ、それ国家がやったら絶対ダメな考え方だとは思うんですけどね…‥というか岸田政権の支持基盤ってどこの層なの?野党はもちろん、自民党支持者からも支持されてる印象がないんだけど。

ちょっと話が逸れましたので戻します。
自分の場合「教養」とは別に金のために身に付けるものでもないし、極端な話それが楽しいからやってんだよね。
というか「これ教養として必要だな」と思って身に付けるんじゃなくて、好きなことを多少なりとも突き詰めていく中で、後追いでそれが気がつくと「教養」と呼べるものになっていた的な存在。自分のウイスキーの知識とかはまさにそれでしょう。日本史や世界史もそうだよね。ちなみにうちの母ちゃん、パート先の同僚と始皇帝の話になったらしいんですが、そもそも始皇帝を知らない人が何人かいて戦慄したそうです……まあこのレベルに関しては「教養」として知っといた方がいいラインかもしれないけど。

社会で成功するために「教養」として本を読んだり映画を観たり音楽を聴いたりする。
それ生きてて楽しいですか?って。いわゆる意識高い系大学生とかに感じていたことでもある。せっせと「社会的に成功するために」生き生きとビジネスのお勉強をしている様子とか、セミナーに参加している様子なんかを一時期テレビでも見かけた気がするんだけど、当時感じていた違和感がようやく言語化できました。あの大学生達はたしかに精力的で生き生きとはしていたんだけど、なんというか「楽しくなさそう」だったんだよね。
手段としての教養って多分つまらないし、それでは本当には身に付かないので自分の血肉にもならず、そして人間的な深みにもつながらない。「ファスト教養」ってのはそんなもんでしょう。中心がないドーナツみたいな、つまらない人間が出来上がるイメージがある。

YouTubeのどこかの本の要約チャンネルで、この「ファスト教養」を10分で要約解説とかしてたら大笑いするだろうな。
それこそがファスト教養で、本の中で警鐘を鳴らしていることそのものなのだから。

ラーメン食べたりはしていましたが、今月は久しぶりにバーに行って飲んだカクテルが光る。
マスターに「ウイスキー使ったカクテル」でお任せしたところ、ラフロイグを使ったカクテルを作ってくれました。

知っている人には伝わると思うけど、正露丸のような香りとやたらスモーキーな味わいの、クセ強アイラモルトの代表格。そういう強烈な個性があるウイスキーだからこそ、そもそもそれをカクテルに使うという概念がなかった。
ラフロイグとチョコレートのリキュールを合わせたショートカクテルで、これがまた美味かった。ざっくりウイスキーボンボンのようなイメージだけど、ラフロイグを使っていることで口に入れた瞬間にはドカンとスモーキー、そこからジワリと広がるチョコレートの甘さ。少しだけ加えていたコアントロー(オレンジのリキュール)で、フィニッシュには少し柑橘系の爽やかな後味がふっと漂う。
この発想は完全になかった。ラフロイグはロックで、ハイボールも実はかなり美味いよね……というくらいの感覚だったので、ラフロイグでカクテルを作るというのはかなり衝撃でした。

こういう実体験こそ後日「教養」と呼べるものになるんだろうなあ……なんて。
思い返すと読書から得るものが大きい月だったかもしれません。それぞれの経験値が相互にリンクする。読書とバーで飲んだカクテルの知見とかね。