クリスマスイブの夕食は……。

お寿司でした。
一緒にフライドチキンやらケーキも食べましたが、やっぱ冷静に振り返るとお寿司だけ異質です。
日本って不思議な国ですなあ……。
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クリスマスにスーパーに行けば、オードブルやローストチキン、ケーキなどと並んで当然のようにお寿司もたくさん並んでいます。
家族連れだったらクリスマスに回転寿司に行ったりするのも、まあそこそこあるみたいで。
「クリスマス 寿司 なぜ」
とかでGoogle検索しても、その由来みたいなものは出てこないんですよね。
ここに関しては特に理由はないんだと思う。日本人にとってハレの日の特別な食事として、お寿司が自然に選択肢に入ってくるというだけの話なのでしょう。
最近読んでいる「はじめての民俗学」。
日本に独自の概念なのか、ハレの日・ケの日。
海外から流入する文化や行事も、ざっくりこの中に取り込んでしまう懐の大きさが日本にはあるように思います。お正月もハレの日、ハロウィンもハレの日、そしてクリスマスもハレの日。
現代においてはちょっと贅沢な特別な食事はそのまま購入できますから、インスタントなハレの日の日本食としてお寿司は分かりやすいってことなんでしょうね。
この辺はハレの日概念に留まらないですね。なんというか、日本神話の懐が大きすぎるというか日本人の取り込む力が強すぎる気がしています。
仏教が入ってきてからの神仏習合とかはその最たるものかなあと。神道と仏教が融合する現象、例えばキリスト教やイスラム教のような一神教では考えられないですし。
日本神道由来の他宗教に対する寛容さ、これは日本土着の神話体系……というより、それ以前の日本人の気質の基底部分なのかもなあと考えたりしています。それがベースになって日本神道が発生していると思いますし。
ところで八百比丘尼伝説、浦島太郎と関連性はあるんでしょうか?
八百比丘尼、父が宴会か何かでもらった土産を持ち帰りしまっておいたら、父の留守中に娘が食べてしまう。それは人魚の肉で、そこからその娘は不老不死になってしまう……というものなんですが。
なんとなく浦島太郎のお話と類似性を感じるんですよね。玉手箱も人魚の肉も、いずれもそこには「不老不死」の特異性が込められています。開けることでそれが解けてしまう玉手箱と、食べることでそれを得てしまう人魚の肉では反転した影響ではありますけれどね。
最近は民俗学が小さなマイブームになりつつあります。ゲームや漫画でも題材として取り入れられることも多く、知っておくと理解も深まって楽しくなるはず。
来年の序盤は引き続き民俗学系の本を読むかもです。
