先日久しぶりに当ブログにコメントを頂きまして。
侮辱罪厳罰化にちょっと怯えているよ、という記事に対して、まあ侮辱罪にあたるものとそうではない批判の違いなどについて説明してくださっているコメントだったんだけど……まあ、そういうことが分からなくて怯えているというつもりで書いてはいなかったんですよね。
せっかく長文で頂いたコメントだったんですが、内容は勉強になったし有難いものの承認して公開するには些か趣旨からずれているために非公開ということにさせていただきました。コメント自体はありがたく読ませていただきました。
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一個実例を挙げると、ナカイドさんですかね。最近だと令和納豆とかも。
レイア氏に突っかかっていったナカイド氏のように、本人側にも大して法の知識もなく「訴えますよ」みたいな脅迫かけてくるパターンがここ1年くらいで妙に増えた気がしていて、そういうのに絡まれるのが怖いなって話も込めていたんですよ。そして自分は法の知識もないから、レイア氏のように「やるならやってみろ、裁判上等だよ」と言い返せる自信もないし。
Twitter等では政治家なんかもこれをやり出しているのを一時期見かけて、なんか批判が集まるとすぐ「あまりにひどいものには法的措置も検討します」なんて書く人は増えたように思う。
「ちゃんとした批判なら、侮辱罪で訴えられることなんて有り得ませんよ」というようなニュアンスのコメントを頂いたわけですが、上に挙げた例を踏まえると、それをどう受け取るのかはやはり訴えようとしている側のさじ加減というのは変わらない。
その訴えが実際に通るのかどうかという法律的事実の話ではなく、常識の通じないような人からのそれにそもそも巻き込まれたくないんだよなあ……という感覚で書いたのが一つ。だから巻き込まれることをそもそも防ぐために、過度に強い表現は控えようか悩んでいたと。
そしてもう一つは厳罰化されたけど、そもそもそれ以前もそれ以後も明文化された「ここから先は侮辱罪」というラインがないから、結局どう気をつければいいか分からないということ。
極端な話「もうナカイド氏は動画投稿やめた方がいいのでは?」ですら、それに対してナカイド氏側がすごく傷ついたんだと言い出して訴えようとすること自体はできる(それが通るかは別として)。その時点で向こうから敵として認定されて、巻き込まれるわけで。
自分が入院していて、退院した直後にもらったコメントに「そのまま世を去ればよかったのに」(表現は非常に柔らかくしてあります。実際の言葉は本当に酷いやつだった)というのが来たことがあった。このレベルなら、木村花さんの事件も踏まえるとまあ侮辱罪判定できるのかなとは思うんだけど、逆にどこまでの表現ならセーフなのかというのは曖昧なわけでして。
また、事実に即して批判しても、それが度を過ぎると今度は名誉毀損罪が発動する可能性があるしね。
侮辱罪の線引きといい、今回これを書くきっかけになった頂いたコメントといい、やはり言葉というのは難しいです。
数学と違って答えが一つじゃないというか、割と曖昧。だからこそ好きで書いているし、小学校で書く作文とか高校で書かされた小論文とか、周囲が嫌がる中嬉々として書いていた記憶がある。そんな文系人間で、高校で数学は絶妙に赤点取ってた一方で現代文はノー勉強でなんとかなっていました……という自分語りを少々。
言うて文章書くのが好きじゃなかったら、こんな長いことほぼ毎日ブログ更新なんてできないわな。
まあ侮辱罪に関しては、亡くなられた安倍元総理に対する心無い言葉の数々や岸田総理に対しての政治批判を超えてしまっているただの悪口などがTwitterで野放しになっているのを見る限り、自分のブログはまあ大丈夫やろ……って感じに落ち着いています。というかTwitter、ああいうのさすがに取り締まったほうがいいと思うんですけど。
あれが許されているのこそ日本が寛大な証拠だとは思うんだけどね。ロシアのSNSとか当たり前のように政府が管理して、言論統制されているとか聞きますし。