何年か前に、和歌山県でテレビのロケがありましてね。
そういう地方のロケでは、たまに地元の方が付いてくれてあれやこれや、お手伝いをしてくれることがあるんですが、この時もね、一人若い男の子が付いてくれたんですね。歳は20代半ばくらいだったかなあ、明るい好青年でしたよ。
で……そんなロケの合間の休憩時間。
この男の子、まあ、仮にAくんとしておきましょうか。
「稲川さん、僕こんな体験してるんですよ」
ってね、聞かせてくれた話なんです。
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Aくんは高校卒業後、都内の大学に進学した。今は地元の和歌山に戻ってきて働いているんですが、当時は都内のJR駅の近くの、小さなアパートで一人暮らしをしていたわけだ。
電車でもって数駅離れたところにある大学に通っていた。
授業が終わると、家の最寄りの駅まで電車で帰ってきて、そのまま駅前の居酒屋でもって、アルバイト。
それで深夜を回った頃になると、まかないを食べてね、「ごちそうさまでした、お疲れ様でしたーどうもー」と。家に帰って、風呂入ってザーッと身体流して、寝る。そんな生活だったわけです。
Aくんはというとこの生活、かなり気に入っていたんですね。何が嬉しいかって夕食のまかないなんだな。
男の一人暮らしですからね、自分で食事を用意するのも面倒くさいわけだ。働いてお金をもらって〜、おまけにお店で出てくるような美味しいご飯も食べられるもんだから、ああ〜こりゃいいやっていうんで、当時は随分バイトに精を出していたようです。
ただ、いくらそうでも毎日バイトがあるわけじゃない。
他のスタッフとのシフトの兼ね合いもあるし、もちろんお店側としても休みなしで働かせるというわけにもいかない。
そうなるとAくんも、バイトが休みの日は自分で夕食を用意しないといけないわけだ。
といってもねえ、Aくん別に料理ができるわけじゃないですから、気が向いたらスーパーに行って、まあ肉や野菜を買ってね、炒める。そんな物しか作れない。
ですから普段はコンビニでもって弁当買ったり、あるいはカップ麺。そういうところで済ませることが多かった。
そんなカップ麺の中に一つお気に入りがあって、それが「一平ちゃん」だったそうなんです。
Aくん何が好きかって無類のマヨネーズ好きなんですね。一平ちゃんに付いてくるからしマヨネーズ、これがたまらない。
その日はというとバイトが休みだったんですが、課題が大変だったもんで、大学の図書館でそれをやっているうちに随分遅い時間になっちゃった。
電車に乗って、降りて。
遅い時間だし、お腹も空いてる。近所のコンビニまでトットットッ……行って、一平ちゃんとあれやこれや買って、急いで帰ったわけだ。
家に着くと早速ヤカンにジャー……水を入れて、コンロにカチッと火をつけて、お湯を沸かし始めた。
沸くまでの間に時間がありますからねえ、その間に一平ちゃんの中の小袋を取り出して、かやくを麺の上に開けて、それでもってお湯が沸くのを待っていた。
「ああ〜早く沸かないかなあ」
なんて思っているうちにお湯が沸いた。ピーッと甲高い音を、ヤカンが鳴らしてる。
コンロのツマミをカチッ……火を止めて、ヤカンからお湯を、かやくを開けた一平ちゃんに注いで、フタをしてね、割り箸を上に乗せて、さあ待つだけ。
これはAくん楽しみですよねえ。お腹も随分空いてますからね、ソースにふりかけに、テーブルに並べて待ってる。
そのうち、ふと気が付いた。
……ない。あるはずのものがそこにない。
彼が大好きなからしマヨネーズ、それがない。
途端にAくん、背筋がぞく〜っとした。
おかしい。ないはずがないんだ。ないとしたらばメーカーさんの製造過程の不具合でもって、マヨネーズの袋だけ入れ忘れた……でもそれは流石に考えにくい。彼ももう何度となく一平ちゃんを食べてきて、今までそんなことは一度もなかった。
そうなると……自分がマヨネーズの小袋を取り出し忘れて、そのままお湯を注いでしまったということになる。
もうそうなるとAくん、パニックだ。
「どうしよう〜助けてください、助けてください……」
一平ちゃんを一回開けてマヨネーズを取ることも考えたんですが、そんなことをしたら麺がちゃんと戻るかわからない。
結局じっ……と動けないまま、パッケージに書かれた時間を待つことしかできなかった。
時間が来て、すぐにキッチンでお湯を捨てる。
すぐにフタを開けて、見るとはなく見てみると麺の下に何か黄色いものが見えた。
恐る恐るAくんが割り箸でひょい……それをつまみ上げた。
それは……なんと、お湯で全身がぐっ……しょりと濡れた、よく温まった小ちゃな、からしマヨネーズの小袋だったそうです……。
「急いでるとこういうミスもあるんですよ。稲川さんも気を付けてくださいね」
Aくん、そう言ってましたね……。