心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

自分で課題を作れない人って結構多い……気がする

最近思うことがあって、自分で課題を作れない人が意外に多いんだなあって。少なくとも自分の周囲にも結構いる。しかも歳上に多い印象。

自立と依存の心理 (PHP文庫)

自立と依存の心理 (PHP文庫)

偏見も多分にあると思うんですけど、言われたことをちゃんとやる“だけ”の教育や環境で人格形成されると、自分で自分に何が足りないのか、それを鍛えるために何をするべきか、そういうことを考える力が育たないまま大人になってしまうのかしらなどと思うわけです。

スポンサーリンク


仕事でも遊びでも何でも「考える」ことこそ人間の醍醐味みたいなものだと思っているので、それがない人って個人的にはかなり衝撃的なんですね。考えなかったら機械と同じじゃん、みたいな。

んで、その考える力が弱い人は同じミスを続けるように見える。何故ならミスから自分で課題を作れないため、改善が出来ないからです。
この問題は実は仕事よりも遊びや趣味の方に対しての影響のほうが深刻で、能動的に考えることができないと趣味も遊びも進展しない。そうなると面白くないから、気が付くとプライベートも充実するものがないようなことになってくる。


だいたいこのあたりの話をすると「頭がいいからだ」とか言い返してくる人もいるんだけど、そうじゃなくて頭を使うか使わないかの話だと思う。頭の良し悪しではない。自分の能力の中でいいからちゃんと考えるかどうか。
そもそも無意識下で諦めているのが本当の問題で、自己評価も低めなんだろうなとも思う。
「どうせ自分は頭が悪いから」といって思考すること自体を行わないことこそが最も頭悪いんじゃないかって話で、そりゃ課題も作らずに成長をする気もないのだから成功体験も増えないし、ずっと「自分は頭が悪い」と思ったまま生き続けることになるんだろうねっていう。負のスパイラル。

ちなみに単純な反復行動に関しても、いろいろ考えた結果として「これに関しては小細工や近道はねえ」と気がつくものなので、ハナから考えずに繰り返している人とは違うステージのものになると思う。


ちょっと飛躍すると日本の教育システムの根強い問題のような気もしますけどね。
自由に考えさせるのではなく、あれをやれ、これはやるなのミルフィーユによって構築された教育。
だからこそある程度年齢が高い人の中にこそ、潜在的に多い気もする。昔の教育ほどガチガチなイメージがあるから(個人的な意見です)。