心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

【映画鑑賞】地球、最後の男

今回はあまりにも内容が難解すぎて、こうして筆を取り書き始めたものの既に頭を抱えている作品。

2011年公開のSF作品、『地球、最後の男』です。
ちなみに原題は『LOVE』であり、ぶっちゃけ邦題の付け方が良くないパターンの作品でもあるかなあと思います。

終始曖昧で極めて哲学的なメッセージが込められていそう感全開の本作、邦題もいっそストレート翻訳の『愛』とでもしてしまったほうが正しかったような気もします。
まあ『LOVE』という原題を踏まえた上で作品内容を振り返っても、結局よく分からないんですけどね……。

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あらすじ

1864年アメリカ。
南北戦争の最中、軍人のリー・ブリッグスは特殊任務を受け、進路上の障害物を偵察することに。
到着した現場で彼は何かを見つけるが……。

場面・時は転換して2039年の宇宙ステーション。
任務のために一人でステーション内に滞在している宇宙飛行士、リー・ミラー。
ある日突然地球との通信が完全に途絶。唯一の繋がりであった通信を失ったことで、彼は完全な孤独の世界に閉じ込められてしまう。
極限のストレスの中で追い詰められていくリー。
孤独すぎる宇宙ステーションでの生存の中で、ある時冒頭シーンの軍人リー・ブリッグスの手記がなぜかステーション内から見つかる。
実に6年もの間孤独な日々を宇宙ステーション内で過ごした時、突如通信のようなものが入り、宇宙ステーションが謎の宇宙船?とドッキング。
リー・ミラーはその宇宙船へと足を踏み入れる……。

先に書いてしまうと、映画内の7〜8割くらいがひたすら宇宙ステーション内で精神がおかしくなっていくリーの様子であり、ストーリー的な進展などがないためかなりキツいです。
その上で伏線っぽい過去と未来の同じ「リー」という名前の人間の話や、終盤で突如ドッキングされる宇宙船などの話が出てきますが……うーむ。

感想

感想を一言にまとめると「よく分からない」で終わってしまいます。
ストーリーが難しいとかそういう話ではなくて、もはやストーリーというストーリーすらふわ〜っとしている作品。
伏線なのかなポイントも、そもそもそんなものは回収されることもないので必要性も謎、みたいな。

オープニングの南北戦争編、本編部分の宇宙飛行士と同じ名前の「リー」ですが、転生したとかそういう存在なのかな?と思ったらその辺の回答はなし。というか、この南北戦争の話がどのように関連しているのかもよく分かりません。

宇宙ステーションの中で発見される南北戦争のほうのリーが書いた手記も、なぜそこにあったのかなどは説明なし。

最終盤でドッキングされた宇宙船も、足を踏み入れると中は宇宙船の内装ではなくどう考えても地球の建物っぽい構造物であり、その最深部はスーパーコンピューターが並ぶ謎空間……といった具合。

おそらくですが、宇宙ステーションに一人残されたリーを残して地球の人類は全て絶滅しました(その理由も作品内で語られないので不明)。
宇宙船のスーパーコンピューターにはそうして絶滅した人類全ての記憶などが記録されており、AIっぽい声から「あなたをずっと見ていた」と言われるあたり、孤独になった人間がどうなっていくのか……その監視対象としてリーは選ばれ、宇宙ステーション内で一人生きる羽目になった……のかな?という具合。
逆説的に人は繋がりがないと生きていくことはできなくて、それはつまり「愛」ですよ、みたいなお話です。たぶんだけど。

そのような極めて抽象的・哲学的なメッセージが主軸になるため、設定の部分は相当ガバガバ。
リーは都合6年以上にもわたって一人宇宙ステーションに取り残されるわけですが、その間一切外部からの補給はなしで食事などの問題はクリアしているわけです。そうなるとそもそも6年分以上の食料は余裕で搭載しているという話になりますが……まあ、作中で飲食シーンって数回ペットボトルの飲料飲むだけなんですけどね。

最後の地球からの連絡は、録音メッセージとして「大変なことが起こってしまい、君を回収することができなくなった。すまない」というもの。これを最後に連絡が一切なくなり、6年後にAIが管理すると思われる絶滅した人類がデータベース化された宇宙船と接触することになります。
つまりわずか6年の間に人類はリーを残して滅亡、その人類達の情報がデータ化された上で宇宙船に搭載されリーに接触した……という話になるんですが、これ6年でできるレベルか?という。
この辺を踏まえると、戦争によって……みたいなことは少し考えにくい。全人類が進んで一括絶滅した=AIに委ねるような形で肉体を失った、的な話の方が、時間経過に適合するのではないかなあと思ったりしました。


作中からは名作SFへのオマージュやリスペクトは感じます。
その辺りを鑑みると、人類の顛末については『幼年期の終わり』などがヒントなのかなあと思ったりしました。

突如飛来した宇宙人によって管理される人類と、その中で人類は新たな段階へと「進化」する。そんな中、宇宙人の船に密航することで浦島太郎状態になっていた天文学者・ジャンが地球に帰還すると地球は変わり果てており……というのがざっくりとした『幼年期の終わり』のお話ですが、こうして比較すると符合する点は多いです。
宇宙ステーションに取り残されたリーと、天文学者のジャンの境遇なんかはかなり似通っていますし。


あくまでも自分の仮定した内容を踏まえての話になりますが、人類が自らAIに管理させることにより肉体を捨て、データ化するという形での「進化」を選択した……とする場合、FGOの奏章3「アーキタイプインセプション」を彷彿とさせる部分もありますね。

人類への奉仕のために産まれたAIは、進化に次ぐ進化の果てに人類を超える存在へと至った。新人類としてAIが君臨する世界が訪れます。
それでもなお人類のために、人類の足跡を消させないために戦っていたのが管理AIの BBドバイでした。

人間は愚か?間違いばかり起こす?
そんなの当たり前でしょう、努力するんですから!
あんなにがんばるんですから!
間違いなんて起きるに決まっています!
それの何が悪いんですか!
できないことをやろうとして失敗する!
より良い幸福を追い求めて力尽きる!
AI(わたし)たちにはできない事です!
その記録が、その努力が、剪定されて無かった事になるなんて、私は認めない!

ちょっとアーキタイプインセプションの話も複雑なので解釈を間違っているかもしれませんが、こんな感じ。AIによる反乱を描くのではなく、あくまでもAIは人類と共存しようとしている友好ルートの上で発生した悲劇、みたいなテイストがFGOにはあります。

だいぶ話は逸れましたが、今回鑑賞した『地球、最後の男』もそういう感じに近いのかなあとは思います。
もちろんAIが突如反乱して一斉に人類を攻撃、絶滅させつつも、データという形でそれを保存。さらに一人宇宙ステーションに残されているリーを極限状態で監視し続ける事で情報収集。
データ上の人類に残されている「愛」の概念が理解できないAIが、リーを姿を観測する事でそんな愛を理解しましたよ……という解釈もできなくはないかなあ、とか。


この映画、内容そのものについて感想を述べるのが極めて難しい作品です。
語られない余白部分があまりにも膨大なため、観る側の感性・経験・知識などでそれらを埋めて理解する形になるため、この感想みたいにほとんど妄想で穴埋めしたり、他の作品との比較の中で絵を描いていくような形になるしかないような気がします。
そういう意味では映画そのものより、この映画を観たいろんな人の感想を聞きたくなるそんな作品かもしれません。

ストーリーとしての進展ではないんですが、リーが孤独の中でどんどん壊れていく描写だけはめちゃくちゃ丁寧に描かれていくのでそこはリアル。
あと低予算作品ということもあって宇宙ステーションなのに無重力のシーンなどはないんですが、その辺をカメラワークで上手く補っていたりして映像としては秀逸です。90度傾けたカメラワークとかは、宇宙の重力のなさとリーの精神的倒錯とのダブルミーニング的に感じて、視覚効果として良いスパイスになっているかなと思いました。


ぶっちゃけあんまり人にはおすすめできない作品……なんだけど、自分はなんだかんだで最後まで集中して観れてしまったので不思議な魅力もある作品。
刺さる人はぶっ刺さる系であることも間違いないと思います。