心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

【読書感想】幼年期の終わり(池田真紀子訳版)

アーサー・C・クラークの名作古典SF「幼年期の終わり」を読んでみました。

人類が宇宙を旅するようなSFをアクティブなものとするなら、この「幼年期の終わり」はパッシブというか。
地球に突如飛来したUFOに乗っていた宇宙人は、侵略するのではなく、その高い知性によって地球人を争いなく、平和な世界として「統治」し始めた。
地球史上最も文明的も優れた上で、かつ平和な世界をもたらした宇宙人。オーヴァーロードと呼ばれる彼らの真の目的とは……。

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斬新な設定

まあ何十年も前に書かれた作品ではあるけど、設定はかなり新鮮だった。
大体このタイプの「宇宙人がやってくる系」はそのまま襲撃に直結していて、未知のテクノロジーを持つ宇宙人と人類との戦争モノになるイメージ。

でも「幼年期の終わり」の第一部では、やってきたオーヴァーロード達はそんなことをしないどころか姿すら見せないし、ストルムグレンという人類側の代表者に対して指示をするのみ。というか、物語の開始時点で既に地球にやってきて、既に人類に対して素晴らしい統治を行っているところからスタートだし。

「姿の見せない宇宙人によって、管理される人類」というシチュエーション。しかもその管理は完璧で、テクノロジーも発展するし犯罪も起きないし、教育はめちゃくちゃ行き届いている。

物語全体としてはかなり長尺の時間軸で、姿を見せないオーヴァーロードによる統治を描くストルムグレンの世代・そこから時代が進み、ストルムグレンは年を取り引退してその子供くらいの時代にオーヴァーロードが姿を人類に見せる世代・そしてさらにその子供達が人類を超え、新たな進化を遂げようとする世代の3世代に渡る物語。

SF的要素もあり、2世代目の時にオーヴァーロードの宇宙船に密航する人物がいて、彼は光速に近い速度で移動しているため年をほぼ取らないが、オーヴァーロードの星と往復すると地球は80年先の未来になる。
これによって、この人物が唯一の「地球の最後を見届ける人類」として立ち位置があるのがいいですね。

真の主人公はオーヴァーロード達だと思う

とまあ読み終えてから、ラストに書いてある解説を読んでみて思ったのです。
この小説の主題は「自分達が進化を促した人類がそのまま自分達を超えてしまう、オーヴァーロードの悲哀」ではないかと。

前知識まっさらで読むと「オーヴァーロードに管理される(ただしディストピア感はない)人類」という感覚だが、オーヴァーロード側の視点で読むと本当に切ないというか。
オーヴァーロード達の種族はめちゃくちゃ知性もテクノロジーも発達しているが、進化としては袋小路に達している。
更なる上位存在であるオーヴァーマインドの命令で人類の進化を促し、それを見守るためにやってきただけであって、本質的には彼ら自身の意志でもない。
挙句そうやって進化を促した人類は、最終的に無事進化して自分達を飛び越え、オーヴァーマインドに近付く。自分達は決してそれを為し得ないのに、それを手伝わなければならないのはオーヴァーロードからしたら結構キツいと思います。会社で例えれば、上司から部下の教育を任されたのがオーヴァーロード。仕事だと思ってちゃんと教育したら、その部下は自分より上の地位にいきなり出世、自分の役職は永遠に変わらない……みたいな。しかも基本的に仕事なので逆らえない、そんな感じ。

寿命も凄く長いオーヴァーロードは、ただただこれを繰り返す。「次はあの星の生命体の進化助けてこい」と指令を受けたらそれを行う。自分達より低いレベルの生命体が進化するのを手伝い、自分達を超えていくのを種族として永劫見続けないといけない。
この状態を踏まえると割と地獄だなあと。


読み方で感じ方も結構変わる一冊。古典SFの名作として挙げられる作品だけど、実際読んでみて「たしかに名作やな……」と思いました。レビューを見てるとこの新訳版、これまでの翻訳よりさらに読みやすくなってるようで。
無意味にだらだらと長い作品でもなく、コンパクトにおさまったボリューム感。割と難解なテーマを扱っているけど、主要登場人物が少なめなのでとっちらからないでスムーズに読めるのでオススメです。