心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

ひろゆきは本物を見分けるリトマス試験紙かもしれない

結構前に、すげえ腑に落ちるコメントをどこだかの動画で見たんですよ。
それが「ひろゆきが論破できない相手はちゃんとした専門家やプロなので、逆に言うとひろゆきに論破されるような人は偽物」というやつ。

この理解でひろゆきと誰かの討論観てるとすごく納得できるんですよね。
そして、ひろゆきという人物の正しい使い方でもあるのかもな……と。

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論破王なんて言われて持て囃されているし、昨今は若者からの支持も厚かったりするようですが……以前自分が読んだ「ファスト教養」という本からも分析する限り、現代の若者のニーズに合致している(内容的には薄くてもいいから、とりあえず結果や成果が欲しい)だけなんだろうなと思います。

ただ、ひろゆき本人が「自分の信者にはなるな」「自分は間違うし、専門家から見たら間違ったことも言う」と発言していることは留意。
結局これもまた若者がこの部分を無視しているのがねえ。
ファスト教養の問題点は、速度を重視するあまり自分で考える・真偽を確認するフェーズがスキップされることでしょうか。

ひろゆき自身の発言も組み合わせて考えた時、やはり専門家やプロにはひろゆきが逆に論破されている。
一方でひろゆきと討論になった時に勝てない人は、要するに専門家でもないひろゆきよりもその分野において低い水準の偽物ってことになる。

日本のメディアは世界的に見た時に極めて異質で、専門家でもない人が平気でコメンテーターとして断定的に裏付けのない話を披露したりする場なわけです。
そのような中からホンモノを見極めるツールの一つとしては、ひろゆきと他の人の討論を観るのは効果的かもしれません。