「人間原理」という考え方があります。
主に宇宙論なんかで語られるらしいんだけど、「この宇宙で人間が生存しているのは、この宇宙に人間がいなければ宇宙が観測されないから」みたいな感じ。
宇宙があって人間があるのではなく、人間が観測するから宇宙がある……そんな考え方のようです。
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この人間原理を拡大していくと、つまり宇宙とは人間にとって最も都合のいい世界なので、他の宇宙人の存在などを否定することになるらしい。
地球に住んでる数多の動物たちはどうなるんだ、とか素朴に思ったんだけど、まあそういう考え方らしいです。
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これってなんとなく仏教思想に掠った考え方のような感じも受ける。仏教というか唯心論かな。仏教も唯識論ありますけど。
心が意識したものが世界であって、物理的絶対の世界はないんですよ的な考え方ですね。僕は割とそっちなんです。
同じリンゴを見たときに、リンゴが好物な人とあまり好きじゃない人ではもうそのリンゴに対しての意識が異なる。つまりそれぞれ異なる世界で生きている。
確かバークリーの考え方だったと思うけど(勘違いして覚えている気配は強い)「固い木の机があるのではなく、触って固い木の机であると感じた意識だけがある」みたいなやつ。
なんか話が脱線しましたが人間原理に戻ります。
先に書いた触った実感から机を定義する感覚で、人間原理では「宇宙を観測できるから宇宙が存在する」になるのでしょう。
この場合宇宙の実存に関してはどう考えてるんだろう。物理学的なアプローチもされているようだし、「人間が観測し得る宇宙は実在する」みたいな感じになるのかな。
ホーキングはここに時間を絡めて考察し、「時間が先にしか進まないのは、人間が観測出来るのは過去から未来に進む時間のみだからだ」というようなことを考えているようです。
過去には戻れないってことになるのだろうか。
とにかくSF的にはかなり面白い話ではある。
逆に言えば人間に観測できないルールの宇宙が他にもたくさんあるんじゃないか?とか考えられる。パラレルワールドですね。
この宇宙はただ単純に「人間にとって最適化された宇宙」であって、どこかには猿の惑星みたいに「猿に最適化された宇宙」もあるのかもしれない。
人間なんてちっぽけなものというスタンスなので、個人的な考え方としては人間原理とは噛み合わない部分も結構あるんだけどね。
なんか話のオチがつかないのでこの辺で。
マルチバースについては今年あたりに実証されそうみたいな話もあるらしいし、楽しみです。