心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

べらぼう 最終回「蔦重栄華時乃夢噺」感想

最終回にてメインタイトル回収です。

今まで全く気にしてなかったけど、そもそも「栄華の夢」は良い意味だけの言葉ではない気がします。
いわゆる「邯鄲の夢」とか「諸行無常」などと同じ意味であり、四字熟語辞典でも以下のような説明。

人の繁栄は一時的なもので、長い期間続くことはないということ。
人の栄華は夢のように儚いもので、すぐに終わるということ。

「栄華之夢」(えいがのゆめ)の意味

蔦重の足跡。
それはある意味では吉原育ちの少年の、夢のような儚い立身出世の物語……とも言えるのでしょうかね。
でも「蔦屋」の名は今でも残っているよな……。

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輸送中の一橋治済からスタートですか。
容赦なく刀で刺してしまう恐ろしさよ。刀を振り上げたことで避雷針となり、雷直撃で逝去ですか。開幕からぶっ飛んだ話である。

一方で替え玉の治済である十郎兵衛さん。
こうなると本物治済が亡くなったので、十郎兵衛もこのまま替え玉をする必要がないわけですが……戻る家がなくなってしまったので、このまま優雅な生活を過ごすつもりです。
「夢のような……」という呟き。早速「夢」という単語が出てきたぞ。

うおっ!!
これまでちょいちょい市中で見かけていた一橋治済、全て十郎兵衛さんだったというデッカいオチがきましたね。完全に治済だと思って観ていたよね……。

そういや斉藤十郎兵衛、実際に写楽と同一人物説があるようですね。
今回の東洲斎写楽、本当にみんなで1人の人間なのよね。絵を描くのに関わった人間だけじゃなくて、松平定信や十郎兵衛さん、そしてすでに亡くなった平賀源内や恋川春町まで含めての1人ってのがいいよな。
歌麿がおていさんのことを「姉さん」って呼ぶの沁みますねえ……。歌麿写楽プロジェクトに関わったことで、ようやく憑き物が取れたように晴れやかに笑った気がします。

写楽もひと段落、蔦重は次に何をしようかな……というところ。
ここで本居宣長の名前が登場。この人の本の内容的になんで捕まらないの?と疑問に思う蔦重ですが、なんかまた変なこと思い付いてます?
定信へ向けたお手紙の内容は……?

フットワーク軽い蔦重、早速本居宣長に直接会いに行って「うちで出版しませんか?」とスカウトです。
すげえなこれ。松平定信に出した手紙は「本居宣長に向けた手紙を書いてくれ」だったのか。
儒学ではなく和学はセーフ!ということで、本居宣長による日本に関する本が出版。

「薄い黄表紙じゃなくて、もっと長い物語読みてえなあ」という意見を聞いて、早速長編作品を計画。
滝沢馬琴には長編小説の執筆を依頼。
一九先生には老若男女が楽しめる、江戸に囚われないワイドな黄表紙を頼みます。

長谷川平蔵、突然のサプライズプレゼント。
瀬川さん、ここで再登場させますか。吉原を出て穏やかに暮らしているようで何より……というか、ここに関してはかなりあっさりなのね。

吉原はどんどん廃れていく中で、蔦重の発案で吉原のルールをしっかり定め、それに幕府のお墨付きをいただくことでブランドイメージを確保です。

鶴屋さんと組んだ歌麿の作品には、蔦重と組んだときとはまた違った魅力があるんですねえ……。
……というところで蔦重、脚気!!当時の脚気は命に関わる病。

ここでも執念の商人根性です。
脚気で命削りながら作った本なら、それ自体が売り文句になって良い本になるんじゃねえかと思い立つ蔦重である。
そんな蔦重のために、みんなが「蔦重のやりたいものを書くぜ!」ということで、それぞれの作家にオファーをしていく蔦重。
それぞれの作家の色を理解した上で依頼しているので、思いっきり得意分野を任せているからみんなノリノリ。
葛飾北斎のセンスを理解した上で「波の絵」を描かせる蔦重。そうきたかァ〜……ですね。かの名作を描くとっかかりになったのは蔦重だった、的な裏話ですか。

歌麿、過去のトラウマを克服。過去の自分と母親をモデルにした作品を描けるほどになりました。
蔦重年越し生存です。やっぱ人生に強い目的があると、それ自体が生きるためのエネルギーになるのかな。
「病気を餌に本を売りまくり」というナレーションが辛辣だぜ!

おっと、最終回でついに蔦重とナレーションをしていた稲荷が対面。ここも「夢」か。
蔦重さん、人生の残り時間を夢の中で伝えられてしまう!!……でも現実的にはこれがあると助かる感ありますね。その前に会いたい人に可能な限り会えるチャンスですし。

蔦重亡き後の耕書堂、おていさんが敏腕すぎて心配無用な気配です。
蔦重のお通夜や戒名、墓碑銘までも全て揃えておりました。やっぱり、おていさんがいたから店としての耕書堂は大きくなっていったよな。

蔦重が出版した本が日本中で読み親しまれている。
それは金や食べ物ではないけれど、心を満たしている。
間違いなく平賀源内にもらった「書をもって世を耕す」という目標は果たされた。

「蔦重、まだ午の刻ではないぞ!」と同時に鐘がなり、午の刻が到来。
皆に囲まれて逝去。
最後の最後に、こんな泣ける「屁」の連呼はなかったね……。

「拍子木、聞こえねえんだけど」
……いやまだ生きてんのかい!!


ということで『べらぼう』、完。
はじめは平和な時代の江戸が舞台、武士などでもない人物が主人公だということであまり期待していなかったんですがなかなかどうして。
1話目から吉原のかなり重たい闇の部分の話も描いたりして「今年はもしかして当たりなのか……?」と思ったのがその通りで、結果最後まで面白かったです。

笑いとシリアスの緩急が上手く、本屋としての物語だけでは弱いかなってところを上手く幕府のパートで補強。田沼意次との交流や定信との敵対、そして最後には真の敵たる一橋治済との戦いを、本屋としての戦い方で描いていたのは独創的で面白かったかなあと思います。

はじめは吉原の親父衆、次は市中の本屋、そして松平定信、最後に治済と、どんどん敵が強大になりつつもそれまでの敵が味方になっていく男塾システムも少年マンガ的な痛快感があってスカッとしました。

総じて「蔦屋重三郎が主人公だからこそできた大河」という感じもありますね。なんというか、史実から逸脱しちゃっても許される人選だったからできた特異点的な大河だったような気がします。


来年は『豊臣兄弟!』。
秀吉の弟、秀長を主人公に据えた戦国大河です。
時代や主人公は普通に大好物なんですが、前回の戦国大河『どうする家康』が自分はどうしてもダメすぎて10話くらいで観るのをやめてしまった苦い過去があるので不安が勝っていたりします。今年が良かっただけに余計。
ともあれまずはしばらく観ていくと思いますが、果たしてどうなりますかね……。