心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

歴史と感情

徳川慶喜子孫の方が、一族に伝わっている新撰組評をツイートしてちょっと話題になっていました。

すごく簡単にまとめると、徳川慶喜の子孫には「新撰組は田舎者で武士としての礼儀やルールが分かってないし、素行も悪くて……」みたいな形で新撰組のことは伝わっている、的な話をツイートしていたんですね。

で、これに激しく噛み付く人たちが多数現れていたというお話。

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噛みついていた人たちの論点は、ことごとく「新撰組佐幕派慶喜を支えてくれていたのに、それを悪く言うな」的な視点です。
その延長線上で「その慶喜の子孫であるあなたが新撰組を見下すようなことを発信してはいけない」みたいな話にまで展開されていて、純粋に歴史の話として面白そうだと思ってこの話題を追いかけ出してめちゃくちゃ残念な気持ちになっているのが今の自分。

どうも新撰組のことを美化しているきらいがあるというか、様々な媒体を通して美化された新撰組を前提として反論している人たちがいて、これはまだ弱い段階です。
新撰組が田舎から出てきた武士ではない階級出身で、さらに一部の隊士の素行が悪かったというのは事実であるわけで、ここを否定するような話のステージならまず論外です。最低限ちゃんと勉強してからこいって話。


で、問題が次なんですよね。
そういう新撰組のダメな部分の実態を理解した上で「徳川慶喜の子孫が新撰組を悪く言うことは許されない」というスタンス。おそらく批判している人の大多数がこの視点から話しているんですが……なんか言論の自由はそこにはないんかね?
慶喜の子孫ってだけで新撰組に批判的な発言することすら許されないのか……?

そもそも佐幕派として幕府を支えてくれている新撰組への感謝と、その新撰組の素行の悪さなどを愚痴ることとは徳川慶喜という人物の中で共存し得た思考のはずです。
「幕府のために働いてくれるのはありがたかったけど、もうちょっと武士としての矜持も持ってほしかった。京都の町民の中にも怖がっている人もいたと聞くし」くらいのことは普通にあり得る思考でしょう、と思います。
新撰組は文字通り命を賭けて支えてくれたのに、途中で逃げた慶喜が何様だよ」みたいなレベルまで発展している人もいるんですが、どうして徳川慶喜=悪、新撰組=善みたいな二元論に単純化するんだろうと思うんですね。

ここにはどうやっても感情的な視点が介在しているわけで。
要するに「徳川慶喜およびその末裔に新撰組を悪く言われてムカつく」な訳ですよ。その気持ち自体は分かりますが、そこで話が終わってしまうと「徳川慶喜新撰組についてネガティブなことを言っていたらしい」という面白い新情報が素直に掘り下げられなくなって残念なんですよね。早々に歴史の話じゃなくなってしまっている。


むしろ歴史として見たら結構面白いと思うのです。
事実として生まれた時から武士のトップオブトップ血族の徳川慶喜と、そもそも田舎から出てきた武士ですらなかった集団。
どうやっても埋まることのない認識のギャップがここにはあったはずで、そのギャップが歴史的にどう影響したのか……とか。そういうことを考える発端として、今回の「徳川慶喜新撰組を悪く言っていたらしい」という話は貴重だと思うんですよ。
そういう当事者の感情がどのように歴史に影響したのか……という意味で、歴史と感情は密接だと思います。大政奉還からの流れとか見てると、それぞれの立場とかプライドとか……色々複雑に入り混じっているのは分かります。

一方で今回のTwitterでの一件のように、過去の歴史に対して、歴史ではなく感情でアプローチしてどっちが正義で悪か……みたいな話をするのは些かナンセンスではないかと、個人的には思います。
そういう話をしてもいいけど、歴史を掘り下げようとする場合にはあんまり役になってない気がしますね。
徳川慶喜の家系では新撰組に対してマイナスな話が伝わっている」という話に対して「慶喜の家系が新撰組を悪く言うのは残念です」という切り返しは歴史的に何の意味があるのか、という。そういう観点のやつはだいたい「個人の感想です」で終わってしまうといいますかね……。


感情が歴史を動かしている事例は数えきれないほどあると思いますが、逆に歴史を現代を生きる我々が感情的に捉えすぎると本質を見逃すような気がしてなりません。
……いやまあ、新撰組の子孫だとか、大政奉還以後に起こった一連の戦争で命を散らしていった、旧幕府側の人たちの気持ちは分かるんだけどさあ……。