心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

【読書】『堕ちた儀式の記録』を読みました

暑い夏にはホラーですね。
ということでホラー読書の夏。

つい先日発売された『堕ちた儀式の記録』です。

東北の「瀧来集落」、そして四国の「高山集落」の2つの地方に、それぞれ大学生がフィールドワークで訪れます。
瀧来集落で行われる、雨乞いと思われる龍神信仰とその儀式。
高山集落に伝わる、オハチさんと呼ばれる霊能者と「オハチヒラキ」なる謎の儀式。

それぞれの大学生がフィールドワークをまとめた「報告」と、関連する資料を提示する「スクラップ」が交互に挟まりながら展開していきます。
徐々に怖い内容になっていく「スクラップ」と、そこにストーリーが進行していく「報告」の妙が面白かったですよ。

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緩く繋がった2つの物語

それぞれの集落に向かう大学生は一応知り合いで、途中電話やメールで互いの情報を伝え合う場面や、帰ってきてから大学の食堂で自分が体験したことを話すシーンがあります。
とはいえ基本的には、それぞれの集落での出来事は独立しているイメージ。2話入ってる感じですかね。

東北に向かった男性はその通り民俗学研究というか、まさにその集落で行われている儀式についてのフィールドワーク。
一方、四国に向かった女性は生物学研究の畑で、黒い蝶であるジャコウアゲハを現地で調査するために向かいます。
各々の専門分野が異なるが故に、最後に大学に戻ってきてからの会話で異なる視点を与えられ、真実に辿り着く……というのが独特の面白さを与えていますね。

ノミコ数珠回し

瀧来集落では「ノミコ数珠回し」という珍しい儀式がおこなわれていました。
毎年決まった時期ではなく、神主がお告げを受けると行われる祭祀。
「ノミコ」と呼ばれる子供を中心に座らせて、その周囲を大人達が囲み大きな数珠を黙ってジャラジャラと回す。
そして何より、数珠という仏具を用いながら神社で龍神に捧げるその特殊性。

龍神信仰ということから、はじめは雨乞いに関するものと思っていた学生。
しかし四国に行っているもう一人の学生との電話をきっかけに、その予想は嫌な方向に変わっていくことになります。
瀧来集落はそもそも土砂崩れ災害などが比較的起こる場所であり、土壌としても農業に適しておらず、また川が流れている場所。
つまり、雨乞いを行う理由がない。
そして過去のノミコ数珠回しが行われた後には、毎回子供が失踪する事件が起きていた……。

ここからさらにもう一捻りあるのが良かった。サクッと嫌な終わり方をするのも、ホラー小説としては素敵です。

オハチヒラキ

四国の高山集落に、ジャコウアゲハのフィールドワークで訪れた女性。
オフシーズンで他のお客さんもいない民宿に泊まりながら、天気のいい日は毎日山に入りジャコウアゲハを探しています。

そんな中で、民宿の女将さんや地元の人との会話の中で高山集落独自の文化や歴史などにも触れることに。
東北でいう「イタコ」、沖縄の「ユタ」のような民間霊能者がこの高山集落にもかつて存在していて、それを「オハチさん」と呼んだ。

調べるにつれて徐々に分かっていく、オハチさんとそれに関連すると思われる「オハチヒラキ」なる儀式の存在、そしてそれらと蝶に何か共通点があること。
ジャコウアゲハの調査をしにきていることもあって、自然とオハチさんにも興味が出てくる女性。
専門は生物学関係なので、こういった話に強そうな瀧来集落に行っている学生との電話の中でこれらのことを聞いてみて、後日調べた内容がメールで送られてきたり。
そうしてたどり着いた儀式「オハチヒラキ」の真相とは……。

こちらは終盤で割とダイレクトにホラー体験が発生するタイプ。
瀧来集落でのノミコ数珠回しが人智を超えた部分での恐怖だったのと違い、高山集落のオハチヒラキは人間の狂気って感じでテイストが違いますね。2種類の味が楽しめるお得な一冊。
人によってどっちの方がより怖く感じるか(好みのホラーか)など色々聞いてみたいなあ。

間に挟まるスクラップの妙

小説の形式としては少し特殊で、はじめに書いたように各学生のフィールドワーク内容で進む「報告」の間に、それぞれの学生が関連する資料を集めたと思われる「スクラップ」が挟まります。
そしてこのスクラップが独特の空気感を出しています。

例えば瀧来集落に関するものだと、最序盤からファフロツキーズ現象についてのスクラップが差し込まれていく。
これは空から雨以外のものが降り注ぐ現象のことで、世界各地で昔から観測されてきました。
古代ギリシアの文献で魚が降り注いだ記述が認められること。
シンガポールでも過去に同様のことがあったり、旧約聖書における「マナ」も同様の現象として捉えられるのではないか、など。

これがストーリーが進むにつれ、その内容がどんどん不穏なものになっていくんですね。
はじめは魚や蜂蜜が降ってきた記録をスクラップとして出してきますが、後半は「人体の一部」が降ってきた事例などになっていきどんどん怖くなってくる。
ここに合わせて龍神信仰のスクラップなどが並行して挟まることで、それらと瀧来集落での儀式の関係性を自然と想像させる作りになっています。
瀧来集落での「報告」がどんどん不穏になっていくにつれて、「スクラップ」の方も核心に触れていくかの如くどんどん怖い内容に進んでいく。
最終的に「報告」よりも「スクラップ」が、答えを書いているような匂わせになっていたりするのがまた。このあえて遠回りで「スクラップ」という淡々とした文章の中で恐怖心を煽るのがいいのよな……。

もちろん高山集落の方も同様。はじめのスクラップでは昆虫の生態と霊能力についてが併記されており、それを読むと「なんでこの二つが一つのスクラップでまとめられてんの?」と思ったりしますが、話が進んでいくとその理由を察してしまったり。
この辺が本作『堕ちた儀式の記録』の魅力かなあと感じました。

近畿地方のある場所について』というストリーム

間もなく映画も公開される大ヒットホラー小説『近畿地方のある場所について』の影響を受けた作品が増えてきているなあというのは感じていて、今回も筆者が意識しているかは分かりませんがその影響を感じます。

『近畿』はその「ある場所」にまつわる怪談を集めて、その場所の真相に迫る編集者とフリーライターのお話でした。
その二人が喫茶店などで集まり話し合うパートの合間に、集めた資料……新聞記事の切り抜きやネットの書き込み、過去のオカルト雑誌で書かれた記事などがいくつも挟まるという構造で話が進みます。

今回の『堕ちた儀式の記録』も、大学生のフィールドワークと調査資料としてのスクラップがサンドイッチになって進む構造で、やはり似たようなものを感じました。

この作り、一節一節が短いので読みやすいんですよね。
一つのスクラップは3〜4ページ程度だったり、そしてその間に入る本編的な報告も長くても10ページ前後でしょうか。
一度読み始めても、区切りがいいところで中断しやすい。まあ自分の場合面白いので一気に読み進めてしまうんですけど。

このような短時間しかなくても少し読み進められる、みたいな構造が、若い人にもウケているのかなあとか思ったりしました。
メタ的な話をすると「カクヨム」という小説投稿サイトに連載形式で投稿された作品だったりするので、その都合もあって細かく分かれているというのもあります。ただそれを逆手に取ったのが、まさに『近畿』で行われた資料群の提示という手法だったとも思います。
まあその発生の時点で、連載web小説という現代ならでは場所で生まれたスタイル。若者向けというか現代人向けなのかもしれません。
以前読んだ『右園死児報告』もカクヨムで発表された作品で、こちらも大量の報告書からなる物語で、これも『近畿』っぽい構造と言えなくもない。


今後もこのスタイルのホラー作品は増えていきそうな予感がします。というか日曜日にカクヨムで一気に読んだ『三重県津市西区平山町3-15-7』も同じようなスタイル。
単純に相性がいいと思いますね、ホラーとこの形式は。