今年の大河だと、今回のようにしっかり歴史用語っぽいタイトルの回は珍しい気がします。
一人の天皇に対して、二人の后がいるという状態を「一帝二后」と呼びますが、まさに道長がこれを成立させることになります。
ドラマの道長は終始自己的な野心で動いてはいないのでなんとも……ですが、実際の藤原道長はどういう思惑でこの体制を仕組んだのかなあ。道長には、どうしても一般的には野心家っぽいイメージがあると思っています。今作においてはそういう部分はほとんどない人物ですからね。
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すっとまひろの赤ちゃんが誕生しました。
そういや当時、貴族の産まれの人が直接赤ちゃんのお世話ってどの程度やっていたのでしょう。速攻で乳母が全部やっちゃうんですかね。
そして弟が「宣孝様に似てるなあ」とぶっ込んできますが、まひろ的には急所も急所。これを言われると罪悪感を感じてしまうだろうし。
道長の計略「一帝二后」を、姉上は承諾。
「女院様のお言葉に、帝はお逆らいになりますまい」と道長は言ったけど、先週まさに逆らったばかりなんだよなあ。
案の定、帝は断ってきましたね。
女院様、ここにきて自分の息子である帝との関係性の希薄さが露呈。
この「自分の子供の好きなこと」すら知らないという詮子の実態が、そのまま「これまで息子を道具として見てきた」という事実の暗喩ですな。
帝、珍しく彰子様の元へ。笛を聴かせてくれますよ。
后が二人体制に反対してるけど、彰子への同情心から承諾しましたね。
なんか皮肉だなあこれは。彰子が自分というもののない空虚な人間であるが故に、天皇の心を動かすというのは。ネガティヴな要因なのが辛い。
あとしれっと道長が体調崩してたけど、これは過労でしょうか。
西暦1000年です。
安倍晴明がすでに先読みして、色々日取りも計算済み。
どうも一条天皇の精神がずっと掴みきれないんですよね、個人的に。
ちゃんと国や民のことを憂う心はあるのに、一方で定子への愛情でそれが狂う。問題なのはそれで自分が狂っている自覚もあることですね。これはどういう……?
結局、一帝二后を受け入れた帝。貴族からは一切それに対して反対意見が出なかったというのがまたなんとも。
まひろさんの娘、宣孝の命名により賢子になりました。「かたこ」と読みます。
賢い子供はストレートながらいい名前ですね。
んで、また宣孝が道長に会いに行ってるよ。うっすら娘の父親が道長の可能性を感じているのでしょうか。
このタイミングで定子が「彰子を大事にしろ」って帝に伝えるの、遺言みたいな感じがあります。
ともあれ彰子様、無事に中宮になりました。ここに一帝二后が成立。
道長の方にも娘が誕生。
源明子にとっては子供は道具なんだろうなあ。子供が出世することがある意味では復讐でしょうし。
んでやっぱり道長がダウン。うーん、これやっぱり過労?
正室と側室が、意識のない道長の隣でバチバチにやり合ってんの怖え!!
宣孝からまひろに、道長が倒れたことが伝えられました。
やっぱり宣孝なんだよなあ。普段飄々としていても、こういうことはちゃんと伝えてくれるのが。道長とまひろの関係性を理解した上で伝えているというのが……。
生死の境を彷徨う道長。それを現世へと繋ぎ止めたのはまひろだった。この状態で思い浮かぶのが、倫子でも明子でもなくまひろなのが……。
結局、道長のこれはなんだったんでしょう。病ではないんだろうし、過剰なストレスと激務による心身の過労だったのかな。
定子様は再びご懐妊。
「清少納言だけが自分の心を分かっている人である」という定子の歌、なかなか意味深ではあります。
その通りに受け取るなら、帝ですらそこまでの心の交流はなかったってことですし。
定子様は出産すると、そのまま世を去りました。
冷静に考えると、当時の医療レベルだと出産は普通に命懸けだったとは思います。
あと伊周マジで終わってんな。なんでこの展開から道長への怨讐が爆発するんでしょうか。小物すぎるんだよなあ今年の大河の伊周。
今週は濃厚に生と死が描かれた感じがします。
赤ちゃんもどんどん誕生。危篤状態から生存した道長と、出産と同時に簡単に亡くなる定子。
次回「母として」。
母としてというタイトルですが、なんか予告では明らかに源氏物語を書き始めそうな気配出てますよ。そっちの方が気になっちゃう。
