なんとなーく最近の刃牙道に違和感ありまくりなのは私だけではないと思うのだが、それは当たり前の話で「グラップラー刃牙」「バキ」「範馬刃牙」と単行本にして100巻以上積み上げてきたものと絶対的に噛み合ってないからである。
まあその証左が「本部以蔵」というのが面白ポイントではあるのだけれど。

- 作者: 板垣恵介
- 出版社/メーカー: 秋田書店
- 発売日: 2015/08/07
- メディア: コミック
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そもそも刃牙シリーズとは「素手で最強」が根底にあったはずだ。
何をやってもいい、ただ武器だけは使わないこと。
たとえ相手が武装していても素手で乗り越えること。この辺は愚地センセイが話をしていたように思うし、象徴的なエピソードは渋川先生が免許皆伝を受け取った時の話あたりか。
範馬勇次郎が戦場を素手で渡り歩いたように、そしてその父親を素手で闘い超えようとした物語であることからそれは疑いようがないと思う。
何より作者の板垣さんが「闘いのテレクラだ!!」と言って最大トーナメントを開催したはずなのだ。
死刑囚編で一度揺らいだか……と思えば、ドリアンもドイルも最終的には素手での闘いに応じていく。ドイルに至っては正拳を学ぶ。柳流光は「武器に頼りきった故に」今大活躍中の本部以蔵に敗北する。
結局死刑囚編によって「素手の物語」であることはより強固になっているのである。言ってみりゃオリバの筋肉至上主義もアンチウェポンだし。ショットガンもサムライソードも効かないぜ。
このあとどうなっていくかというと、中国で格闘大会があり、アライJr.が頑張り、カマキリと素手で闘い、刑務所でオリバと闘い、恐竜より強い古代人と殴り合い、そして父・勇次郎と決戦する。
どうですか?どこにも「武器を使う」ことの入る余地はない。ティラノサウルスを捕食していた人間と闘う時にさえ武器を使おうという話にはならない。
で、刃牙道です。
ここまで積み重ねてきたこととまるで噛み合わないのだ。
これまでの刃牙で本部以蔵が弱かったのは「素手の物語」内で力を発揮する人間ではなかったからに他ならない。
逆に言うと今の「本部以蔵大活躍状態」はそのまま「刃牙の世界観ブレてきている」を指すこともできると思う。
刃牙シリーズはグロいシーンもあったけど、闘技場の観戦者たちが思っていたように読者である我々も、おそらくそこに「死」を求めていなかった。
そんな時に、抵抗力を失っている状態の我々の前で簡単に烈海王がこの世を去ってしまった。……というか烈海王の死が淡白過ぎるんですよねえ。これじゃ烈海王が報われない。板垣先生はこういう機微を描くのが苦手なのか。
結局宮本武蔵の参戦によって「武器使用」「命に関わる闘い」の2要素がポンッと放り投げられたことで、刃牙道は刃牙シリーズから逸脱してしまった。
本部が主人公のスピンオフが始まったのである。
つーか今週、本部自身が言ってたもんな。
「この流儀に精通している現代格闘士はいない
範馬刃牙でも範馬勇次郎でも渋川剛気でもない
俺だけが精通している」
みたいなことを。
いいですか?
主人公、作中最強の男、齢75を超える柔術の達人の3人捕まえてきて否定するんだよね。こんな話あるか?ある種この漫画の在り方の象徴みたいな人達を作中で否定してしまう事態。
「キャラクターが勝手に動き出し、物語になる」板垣理論とはいえ、いくらなんでも今の状態は意図的に修整していかないといよいよ刃牙道は刃牙ではなくなってしまうように思う。
まあ本部道として読むと超面白いんで読み続けますけどね。
例えばこの先本部以蔵が武蔵と闘い死んでしまうなんて展開になったら、もはや宮本武蔵を板垣先生自身が扱いきれなくなっていくような気がする。
そのくらい宮本武蔵はワケが分からないし、そして本部以蔵が今の作品をなんとか破綻させずに維持する歯車となっていると思う。
「面白いんだけどバキじゃない」
それが刃牙道……。それも刃牙道……ッ!
ストロングイズビューティフルは武器も卑怯もありの人が死ぬような凄惨なレベルの闘いにおいても成り立つのか。
でも闘いのお祭り騒ぎこそが刃牙なんで、重苦しくならないように描ききってもらいたいものてす。