心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

分かり合えないことを認めるのが、分かりあうこと

日常会話でもそうなんだけども、全部「そうですよねえ〜」「分かりますわ〜」だけで同調していく人も結構いるんじゃねえかと思うんですが、これそのうちそんな全部一緒な訳ねえだろということはバレます。

知覚の現象学 〈改装版〉 (叢書・ウニベルシタス)

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例えば僕は自分でも意味が分からないくらいにフラッシュモブに嫌悪感を持つんですが、もちろんその話の流れになった時に「そういうサプライズ好きだけどなあ」という人はもちろんいるわけです。
その時に自分に嘘をついて「サプライズいいっすよねえ〜」というのは簡単だけど、本当はそう思ってないんだから、もし実際にフラッシュモブされた時に喜べないわけで、そうなると相手も「あれ?」となるわけで。

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相手と同じ方角を向いていることは、イコール分かりあうことではない。

相手と自分は違うし、それをお互い理解し尊重しているということが分かりあうこと。
ちゃんと喧嘩腰にならずに、お互いが笑いながら「いやあ、全然共感できねえや!」とか話せること。
どちらかが嘘ついてたら、分かり合ってないと思うんですね。まあこれ、相手の真意は分かることが出来ないって問題もあるんだけど。


とは言いつつも、やっぱりそういう小さいことの積み重ねがいつか大きな綻びになるような感じ、ありますよ。その辺は初めから正直にしていた方が楽だし、後から問題も起きない。

「自分と貴方は違うよね、だからと言って押し付けたりはしませんけど」みたいなスタンスが相互理解。
ある種ドライな感覚とか、感情を排した感性も必要なのかもしれない。


生きてて裏表作ることになって、なんか疲れる……みたいになる人、この辺意識した方いいんじゃねえかな?と思ったりします。
僕なんかは上司相手でも、飲み会などでの会話に関しては合わないことは合わないって笑いながら言えるようにしている。この辺りは言葉の選び方とかの応用も必要なんだけど、思考停止してただ同調する太鼓持ち型のトークよりも返って盛り上がるし、会話そのものも楽しくなります。