心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

刃牙道 第174話「気の強靭(かた)さ」感想

言ってるそばから斬撃空手の学習。

〜今週のあらすじ〜

斬撃空手・鎬昂昇のもとを訪ねる刃牙に、昂昇は手首・足首から先の操作こそが徒手素手による斬撃の要諦であると述べる。
帯刀した武蔵に対し、刃牙は徒手……のように見えて、もはや刃牙の肉体は凶器、鈍器、果ては爆薬まであらゆる武器を備えた肉体となっていることも昂昇は告げた。
一方で徳川光成は、武蔵に花山について尋ねる。答えは「斬れぬもの」。斬れぬものなしと自負していた武蔵が、斬りはしたが斬り伏せるに至らなかった花山の肉体。意志・想い・念。それらの強靭さが、花山の肉体を鎧を凌ぐものに変えていた……。
そう話す武蔵に三成は告げる。「その花山より刃牙は強ぇえぜ」

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刃牙にとっての日常、すなわち「トレーニングしない」とは一体なんなんでしょうか。
自分が身体を動かさなければ、斬撃空手を見に行くのはトレーニングではないってことなんですかね。正直普段から通ってるわけでもない昂昇の道場に行くことが、すでに武蔵対策という非日常しちゃってない?と思うんだけど。

あとすっかり忘れてて申し訳ありませんでしたが、今の流れで鎬昂昇が出てくるのは一番自然な流れだったんだよな(斬る的な意味で)。武蔵編で考えると話にしっかり絡むのが遅すぎるくらいだ。
昂昇自身は武蔵に対して闘いたいみたいな気持ちはないんだろうか。
さらにいうと鎬流空手、武蔵が一瞬だけ到達しかけた極まって剣を持たない境地の完成系の1パターンと言えそうだけどねえ。


武蔵のほうは、花山との闘いの最中に精神力の防御力に触れるのかと思っていたら今回も徳川さんに事後報告的に語る。
烈さんの時もそうだったけど、武蔵が対戦相手を褒めるのは戦闘後なんですね。


あとやっぱり徳川さんの罪の意識のなさが結構不快です。
「花山より刃牙は強ぇえぜ」とかニヤリとしながら言ってるけど、根本的にはこの人が面白半分で武蔵を蘇らせなければ警官とか大量に死なずに済んでたんだと思うと、なんともね。
一応は現代の日本に即した世界観なのに、あまりにも社会ルールみたいなものがブレイクしていて現実味がないです。現実味とか刃牙に求めるだけナンセンスなのかもしれないけど。