心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

書評:「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」 夢枕貘風

もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら

もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら

一時期Twitterで流行した、色々な人の文体でカップ焼きそばの作り方を書くというもの。
それの、書籍化である。
書籍化といっても、Twitterで書かれたものをまとめたものではない。
神田桂一。
菊池良。
この2人が、それぞれ50個ずつ、気に入った作家の文体で書いたものなのである。

それを、読む。
読んで、感想を書く。
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文豪だけではないのである

まず読んで唸るのは、その取り上げた文体の幅の広さである。
川端康成
村上春樹
志賀直哉
そういった有名な小説家だけではない。

星野源のエッセイ風。
稲川淳二の怪談風。
そういった小説ではないものの文体だけでもない。

週刊プレイボーイ
暮しの手帖
雑誌の1コーナーの文体ーーそのようなものまでが、ある。

迷惑メール風もある。
ヒカキンの動画風まで、あるのである。

どうだ。
文体というのは、こんなものもあるぞ。
ようし、ならばおれは、こんな文体まで取り上げちまうぜーー。
そうした、作者2名の言葉が、聞こえてきそうなラインナップであった。

面白いがーー

面白い。
この幅の広さ、日本語の表現の多様さはこの上なく面白い。
しかし、Twitterでまさしくこの言葉遊びが流行していたころの熱狂が、心の中に訪れない。

作者である二人には申し訳ないが、あの頃のTwitterに溢れていた「もしも〜がカップ焼きそばの作り方を書いたら」には、もっと鋭く、もっと深く突き刺さるような作品があったように思う。
時間が経って、受け取るこちら側が落ち着いてしまっただけなのかもしれない。
あるいは、元ネタとなる作品に寄せすぎて、どこか不自然さを感じてしまうのかもしれなかった。

ただし、面白い

それでも、面白いことには間違いないのだ。
特に、週刊誌や新聞のコラム、迷惑メール……そういった文体のものは、面白い。
これらは、Twitterでは、出会えなかったものである。

なにより、その「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら」を読んだことで、心に一滴の水が落ち、この「もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたらの感想を夢枕貘が書いたら」が生まれたのだ。

自分が好きな文体を探るーー。
あるいは、好きな文体で何かを書いてみるーー。
そういう、楽しみがある。

こいつは、他にはない体験だぜ。

2017年7月19日 自宅にて