心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

花燃ゆ 第43回「萩の乱に誓う」感想

先週はデウスエクスマキナ的に気がつくとアメリカ渡航費捻出に成功した仁先生だったが、その頃長州では何度目だよっていう反乱の不穏な気配。


明治になっても不器用な男が多すぎる長州。まるで龍が如くの世界である。

一度は考えてみますとか言ってた前原氏、結局反乱ですよ。なんなんすか。

まあお蚕様はまあまあキモいよね、正直ね。
文字が読めないことを悪用する借金取り。そして子供に教育しようとする文さんでございました。
養蚕で急激に発展したが故に、養蚕しかないのがこの時代の群馬なのか。

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ふと思ったんですけど、もう今年の大河も10回ないくらいだよね?大丈夫?明治維新をほぼナレーションとダイジェストで済ませてきたのに今更大丈夫もなにもないんだけどさ。主人公大沢たかおの方が良かったやろ……。

読み書き教室やろうぜ!と考える文さん。
そういえば教職員減らそうとしてるんですっけね、政府。3万6000人だったか8000人だったか。
完全にこの文さんのやり方と逆行する自民党です。……上は国民がバカなほうが扱いやすいからな。マイナンバーとかな……。
教育ってのは長期的に見ると財政政策だと思うんですね、僕はね。


まあその話はこの辺にしておいて。
前原さんのムーヴが少し気になっている文さん、そして仁先生も警戒しているらしい。
さらに叔父上は前原さんの援助してる。
明倫館でクーデタースイッチ、オンだ!!
「今こそ我々は、もう一つの維新を起こすッ!」

なんか志を通すためなら何やってもいい、みたいな間違った志の使い方が横行しているなあ。高杉のことを思い出してやれよ。あれが正しい「志の通し方」だろ。

反乱は起こってしまったので、もはや止められない。
仁先生は萩へと思ったら嫁さんが倒れたので群馬待機。
文さんは久米次郎を止めるために東京へ。


つーかさあ、その「反乱」そのものをもっと扱おうよ。
萩に着いたら死んでました、みたいなのいいって。主役が文さんだからって後処理だけで演出するのもういいって。

「武士とは信念を貫く者のこと」
叔父上の遺書に書かれたその言葉。
間違ってないかもしれないが、「信念の貫き方」が間違っているんだろうと思うのです。
端的に言えば古い日本人と、新しい日本人の違いがここかなと。そういう意味では間違いなく高杉晋作は「新しい日本人」だったと思う。

そういや高杉には異国船に乗り込んで外交した時に、他の要求は飲んでも実質植民地化に繋がるであろう要求だけは鋭く見極めて断固跳ね除けたそうな。
こういうエピソードとか知るたびに「高杉晋作は柔軟であり、なおかつサムライや」と思うと同時に「久坂とか前原とかは結局なんだったんや」と思ってしまうのです。
志が考え方とか生き方を縛ってしまったら、本末転倒じゃねえかな。


木戸は木戸で「民のための政治」をするために動いていたはずなんだよな。
これは真相かもしれないね。
木戸は四民平等を前提に「民のための政治」をしていた。
前原は「士農工商」時代の考え方で「民のための政治」を考えていた。
だからずれていたのだろう。

「斬首された」をナレーション一言で済ますのは本当にやめろや。

「これからは商売人の世の中だ」ってんで、こりゃまた現在の資本主義に繋がるようなワード。


超高速で死にまくっていく吉田松陰の縁者たち。
文さんの悲しみを背負うものは一体誰なのか。悲しみを背負いすぎて北斗神拳究極奥義でも習得しそうであるが、そんな時仁先生が悲しみを背負ってくれるように声をかけた。
……なんかなあ、いいのか?嫁さんが病で死にそうだぞ。この抱き合ってるところだけみたら完全に浮気ですよ。


時代が変革するときにはこんな風にたくさん人が死んでいくものなんでしょうけどね。
「この時代を生きた一人の女性」の視点から見れば犠牲者多すぎるだろ、と思うのかもしれませんな。


来週は学校スタートです。