心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

刃牙道の宮本武蔵の年齢を考察する

刃牙道祭りと化してきてます、このブログ。


以前一度軽めに考えてみたこともあったんですが、それは「この宮本武蔵、一体何歳くらいなんだろう」ということ。

武蔵の発言がメインですけど、いろいろと推理するためのパーツは出てきてますからね。
ちょっとそのへんを考えてみたい。

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有馬、秋山はかなり昔に倒している

刃牙くんを値踏みした時の発言。
まあこれに関しては次の項目があるおかげで意味なし。


二刀流開眼済み

刃牙、独歩戦ではイメージとはいえ二天一流の構えを取りましたので、二刀流開眼済み。これまた次の項目で上書きされるんですけど、二刀流開眼のきっかけと言われる有名な吉岡一門との戦いは経験済みでしょうな。


「天下無双」を自負

この辺から難しくなってくるんですよね。何をもって、誰の評価でもって宮本武蔵を天下無双と定義するか。

宮本武蔵自身はなかなか就職できずに尾張、播磨、小倉、熊本と彷徨いながら自流派を伝え歩いた人物、という方が自然だし、逆に言うとそうやって諸国を渡り歩いて客人として招かれるようになっていくのが「天下無双」なのかな?などと考えると、尾張で教えてたのが大体40代始めくらいだと思うのでそのくらいか。


未熟者ゆえ、明鏡止水には至らず

これが最新話にて出てきた新しいデータ。今までの武蔵の発言は最低年齢を推理する材料だったけど、今回のは最大年齢を絞る重要な発言です。

五輪書 (岩波文庫)

五輪書 (岩波文庫)

決定版 五輪書現代語訳 (草思社文庫)

決定版 五輪書現代語訳 (草思社文庫)

五輪書にしっかり武蔵自身が

兵法の道において、心の持様は、常の心にかはる事なかれ
(戦いの場においての心は、普段と変わってはいけない)

と水の巻にてバッチリ書いているわけで、今週の刃牙道の発言は少なくとも武蔵が五輪書を書く前であることを裏付けているのではないかと。
つまり天寿を全うした武蔵の魂が、そのままの年齢で戻ってきたとは考えにくい。


まとめ

一言でいうと整合性が取れません。
五輪書に自身が記した境地には至っていないけど、佐々木小次郎を倒してから10年近く経った宮本武蔵があんなに猛々しいままとも思えない。芸術に傾倒し、哲学化している武蔵の思想の過渡期だと思います、40代の武蔵は。


やっぱり普通に死んだ武蔵がその年齢で蘇り、全盛期の肉体を取り戻したこと+未来の戦闘技術と戦えることに再び火を灯したというのが自然かなあ。

まあこんなこと考えずに読むのが刃牙道の正しい楽しみ方だとは思うんですけどね。

……突然仏像彫り出しそうで怖いな、刃牙の武蔵。