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心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

ファイナルファンタジーとぼく

徒然 徒然-エッセイ ゲーム

思えば、わたしは思いっきり「FF派」である。ドラクエもやらないわけではないが、FFの方が圧倒的にプレイしているように思う。


はじめて出会ったのは「ファイナルファンタジー6」だった。

ファイナルファンタジー6

ファイナルファンタジー6

ただし小学生低学年だったわたしには総合的に理解が追い付いておらず、たしかコルツ山のバルガスが倒せなくて挫折して終了した。
ぶっちゃけストーリーもよくわかってなかったように思う。


なんだかんだと成長していき、ゲームもどっぷり遊ぶようになり、プレイステーションが我が家にやってきて、そこで始まったのが
ファイナルファンタジー7 インターナショナル」だった。

実質的な出会いはこの作品からだったとおもう。ちゃんとクリアした初めてのFFだった。まあルビーウェポンとかエメラルドウェポンとかはまるで倒せていなかったが。
バイクやスノボにハマったのもいい思い出だ。

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そんな中でもまだまだスーファミは現役で活躍していて「クロノ・トリガー」なども遊んでいたのだけれど、そんなときに友人から借りたのが「ファイナルファンタジー5」だった。

ファイナルファンタジー5

ファイナルファンタジー5

未だにゲームとしての完成度はFF5が一番だと思っているのだけれど、やはりジョブチェンジというシステムは革命的だったと思う。
習得したアビリティとの組み合わせ次第で戦い方は無限大。7にもマテリアはあったが、5にはいい意味での制限があって面白かった。


5をクリアしたわたしはその熱の下がらぬうちに、再び「ファイナルファンタジー6」に挑む。
7をクリアし、5も楽しんだことで成長していたわたしは無事にバルガスを「ばくれつけん」で打ち倒し、世界は崩壊した。
FF6の凄さはそのストーリーだと思うんですね。5も一応世界は変革してしまうけれど、6でははっきりと「世界が崩壊」する。
普通のRPGは「崩壊を止めるために戦う」ものが多かった時代だと思うが、その中で「世界の崩壊が全体の折り返し地点」みたいな作りはすごいと思ったのだった。


FF6ダリルの墓 - YouTube
そして崩壊した世界で、再び生き別れになった仲間たちを集め、崩壊させた敵を倒すために翼をはばたかせるシーンがこちらになります。
もはや卑怯なレベルでの神がかり的演出。
「また夢を見させてもらうぜ・・・ファルコンよ。」
と同時にかかるのは切なくも希望の光輝く名曲「仲間を求めて」。

この後「仲間を求めて」は崩壊した世界を旅している時(いわゆるワールドマップですね)のBGMとしてずっと聴くことになるんだけど、「立ち止まって音楽を聴く」というレベルに至るすげえ曲だった。

ちなみに他にはクロノ・トリガーの「時の回廊」とワイルドアームズ2の「彷徨」がある。わたしの3大フィールドBGMである。


低迷していくぼくの中の「FF」

さて、そんなさなかにも「ヴァルキリープロファイル(通常版)」という二つの意味での神ゲー(主人公は女神様)に出会ったり、「メタルギア ソリッド」にハマり過ぎた結果無線の会話を暗記してしまうレベルになったりしながらも、その間にほんのりFFとも触れ合ってきていた。

ファイナルファンタジー?

ファイナルファンタジー?

ファイナルファンタジー?

ファイナルファンタジー?

7、5、6と遊んできていたわたし。
正直な話、この8と9は引き込んではくれなかった。

妙にシステムが複雑な8、そして原点回帰といいつつクリスタルにはほとんど触れない感じで進む9。
8のシステムは分かってくると面白いのだが、「これFFじゃなくね?」感がこの身を包み込むし。
9はシステム回りは古き良きFFって感じだけど、やっぱ終盤のストーリーゴリ押し感にげんなりした。なんすかあのペプシマン


そんなわけでやってみたわけですよ。

ファイナルファンタジーコレクション

ファイナルファンタジーコレクション

プレステに移植された4、5、6が同時に収録された「ファイナルファンタジーコレクション」ね。こいつを手に入れて、4をプレイしてみたのだ。
……やっぱり面白いのさ。
もはや4なんてシステム面での面白みなんてなくて、ただレベルが上がっていくだけ、装備を変えるだけなのにこの面白さ。
仲間達との出会いと別れの繰り返し、物語は大地だけではなく地下世界、幻獣の世界、そして月にまで。
思い返すと段階的に丁寧にストーリーは進んでいたように思うし、そのへんが飽きさせなかったかなーと思う。

結局5も6ももう一回プレイしてるしな。5なんか通算で5回はクリアしてる。


PS2FF10

プレイステーション2が我が家に来て、「
METAL GEAR SOLID 2 SONS OF LIBERTY」を死ぬほどプレイしたり、「テイルズ オブ デスティニー2」とか遊んでいたり、「侍?SAMURAI?」という超面白いのゲームに出会ったり
したのだけれど、いい加減一回プレイしとくか……てな具合で

ファイナルファンタジーX

ファイナルファンタジーX

ファイナルファンタジー10」をプレイすることになる。
8くらいからその兆候はあったが、この10で決定的になったかな感があるのだが、「ゲームとして」という部分が薄れていったと思うのです。
映像はものすごく綺麗です。そしてストーリーも、まあ泣かせゲーですけど良かったと思う。
ただこれらっていうのは、ゲームである必要はないわけですよ。映画?映画作ってんのスクウェア
その結果ほんとに3Dアニメ映画「ファイナルファンタジー」を作った結果とんでもないコケ方をしたのは知っているとは思いますけど。


迷走。

それで次に発表された「FF11」はまさかのオンラインゲームだった。
普通に面白いんだろうけど、これを「ファイナルファンタジー」の正統タイトルとして出したことは今もどうかなーと思ってる部分がある。

ファイナルファンタジー」というネームバリューで囲い込んでるような感じがどうも、ね。


とにかくそんなわけで11は未プレイのままで。

ファイナルファンタジーXII(特典無し)

ファイナルファンタジーXII(特典無し)

ファイナルファンタジー12」が登場した。
なんか妙に評価の低い12だけど、わたしは結構好きです。
それは何故かっつーとストーリーはゴミですが、ちゃんと「ゲーム」していたから。

オンラインゲームであった11で得たノウハウを使って「オンラインゲーム的なオフラインゲーム」という野心的なゲームだったと思う。結果として11がオンラインだったことは不思議な形で結実したわけだ。
寄り道も多く、レアな装備を手に入れるためにモンスターを狩ったりとやり込み要素も多かった。
12は確かに「ゲーム」だったのだ。


そんな12が低評価っぽいのは、多分10で決定付けられたFFのイメージが原因じゃないかと思う。とくに10からFFに触れた人には合わないだろなぁ、とか。そして何より、その「FF10から入った人」が多かったんじゃないかと。
それらの人はFFに「映像美」と「感動的なシナリオ」を期待していたのではなかろうか。それこそFF10のような。
12は映像は確かに美しかった。ただストーリーはほんとにポカーンだった。一般人が巻き込まれていくというのを描きたかったのかもしれないが、結果として主人公という軸が空気となってそのまま良く分からない感じで終了した。

ちょうど「わたしは生きていける」を観たばっかりなので対比で余計にそう思う。


ファイナルファンタジー10はゲームと映画の境界をなくした、というよりは逆転させてしまったのだ。
これではFF10を楽しめた人にはスーファミ世代FFに適応するために相性が必要となるし、そして逆も然りである。

結局「ファイナルファンタジー」というブランド自体がわけの分からない場所に来てしまったんじゃないかと思う。


……そういう意味ではメタルギアシリーズはすごいと思うのです。
極めて高い水準でゲームと映画を両立してますから。


FF13以後

ファイナルファンタジーXIII

ファイナルファンタジーXIII

未プレイですけど13。これも売り上げとしては低迷したように記憶している。

なんか必死だ。
目新しいスピード感のある戦闘システムを導入して、「綺麗なグラフィックだけじゃねーぞ!」を押し出したものの、ライトユーザーには難しすぎたそのバトルシステムで失敗というイメージ。
なによりも「長い長い一本道」と形容される探索自由度の低さはゲームとして致命的だと思う。

アニメ「ひぐらしのなく頃に」BD-BOX [Blu-ray]

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ひぐらしじゃないんだからね。ひぐらしの場合は意図的に一本道のシナリオを順番に読ませるということをしていたが、あれはその行為自体が世界観の鍵になっていたのだからいいのである。
意味もなくこれをやらされたらどう思うかは推して知るべしということだ。


そして出たのが14で、これまたオンライン。

次回作15は映像美を押し出しつつ、また13のような気配を感じるバトルだ。


本当は分かってるんじゃないのか

ところでスマホアプリ「ファイナルファンタジー レコードキーパー」というのが出ている。この前には「ピクトロジカ ファイナルファンタジー」なんかも出ている。

「古き良きファイナルファンタジー」がテーマというか、ドット絵で描かれたキャラクター達と当時のBGMがそのまま流れるという、まあオールドユーザーホイホイなゲームをスマホで出しているのだ。


そんな風にスマホでちょいちょい「昔のFF」で釣ってきたり、FF7のバイクのアプリ出したりしていて。
もうね、認めたくないだけで本当は分かってるんじゃないのかと思う。

FFのプレイヤーは、どちらも対応できる人はそれなりにいるとは言えども基本的には

二極化してしまった

ってことだ。

FF原理主義者的な人は最近のFFを理解できないし、逆に最近のFFから入った人は昔のFFなんで映像的に耐えられなくてダメなのだろうと思う。
7のその後を描いた映像作品出したりしてるのって、彷徨っている証拠だと思うんすよね。過去作の力を借りないとヤバイ地点に来てるんだよ、きっと。

まあなんというか。
こういう事態を招いたのはPS以降ブレブレの製作陣だろうと思ってしまうし、正直なところもう「ファイナルファンタジー」のナンバリングタイトルってオワコンなんじゃないかな、と思う。

そもそもストーリーだってスーファミ時代のほうが完成度は高かったと思うし、それをドット絵、ノーボイスで表現して感動させてくれていたのだからどうすりゃいいんだか。
「今のご時世にドット絵で出されても」
それはごもっともだと思う。ただ、ここまで映像やなにやらが進歩した結果、ゲームそのものがなんとも言えなくなるってのは皮肉極まりない。


まず15も買わないだろうと思う。
今は「メタルギアソリッド5 ファントムペイン」とかを待っている状態。

……ぼくのファイナルファンタジーは、5が頂点であり7で終わったのだ。


というわけで途中からわたしなりのFF論になっちまいましたね。
「レコードキーパー」のほうはまったりプレイしてますよ。
……ガチャ、武器と防具に分けてくれないかなあ。