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心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

終末×青春 「わたしは生きていける」ネタバレ感想

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この映画、ネタバレなしだと話のしようがないのでバレバレで行きます。そのつもりで今回の記事はご覧ください。


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「つぐない」「ハンナ」のシアーシャ・ローナンと「ラスト・キング・オブ・スコットランド」のケビン・マクドナルド監督がタッグを組んだ青春サバイバルドラマ。メグ・ローゾフの同名ベストセラーを原作に、終末世界で生きる少女の青春を色鮮やかに描いた。出生時に母親を亡くした少女デイジーは、まだ見ぬ3人の従兄弟とひと夏を過ごすため、単身イギリスへと渡る。複雑な家庭環境のせいで反抗的になっていた彼女は、純真な従兄弟たちとの交流のなかで明るさを取りもどしていき、やがて長兄エディと恋に落ちる。ところが、ロンドンで発生した核爆発テロをきっかけに、第3次世界大戦が勃発。戒厳令がしかれるなか、デイジーたちは軍に拘束されて離ればなれになってしまう。エディと再会するために軍の施設を脱出したデイジーは、荒れ果てた世界へと足を踏み出す。
わたしは生きていける : 作品情報 - 映画.com

明確なメッセージとして「愛があれば、どんな世界でも生きていける」的な映画でありそれは一種の北斗の拳

そんな映画ではないけどそんな映画です。

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この作品は戦争を描きたかったわけじゃないと思うの

いとこ達との平和な日々、それを破壊するように始まる「第三次世界大戦」。
もちろんその世界観は丁寧に描かれているのだけれど、映画全体としてはかなり不明瞭なまま終わる。

みんなでピクニックしてたら爆発音、白い雪のようなものが降り注ぎ、何かヤバイかもと思って家に帰りテレビを点けたら核によるテロが発生というニュース。
その後は避難命令が出るけどみんなと過ごす家から出たくないということで無視していたら軍に強制的に引き剥がされ、「必ず家に帰る」という約束を果たすべく軍の用意したエリアを脱出してなんやかんやで 家に帰り、戦争は間もなく終わり、家族や色んなものを失ったけど最愛の人が生きている世界なら「わたしは生きていける」って話。


要するに終始主人公である少女デイジーの知りうる範囲での情報開示でしか世界情勢は分からないわけで、レビューなんかを観ているとそれが分かりにくいみたいな意見も見かける。

が。

むしろそれが「戦争に巻き込まれた一般市民にとってのリアル」だろうと思うのです。そして何よりこの映画は基本的にデイジーの一人称的な立場で観るような構造をしていて、この「何が起きているのか分からない」という感覚は非常に大切だ。


何が起きているのか分からない。
周囲では当たり前のように人が死んでいく。
そんな世界になってもなお彼女を生かし続ける愛とは?


テーマは主人公デイジーの内面であって、その意味でも世界観がはっきり掴めないというのは正しいと思う。
それがデイジーの知りうる世界なのだから。


ただ冷静に思い返すと割と有りがちなお話

とはいえ世界観が特殊なだけで、ストーリーは手堅い青春ラブストーリーに落ち着いている。
これまでの人生を冷めた感じで生きてきたデイジーが、ひと夏だけ長期休暇に従兄弟たちの住む田舎に暮らすことに。
やがてデイジーは心を開きはじめ、さらにそこで出会った同い年のエディと初恋に落ちるんだけど、二人は離れ離れになる。
「またこの家で会おう」
その約束を果たすため、二人は必死に……。


とまあ「戦争」というキーワードを引き算すると何処にでもありそうな甘酸っぱい話
がいっちょ上がりってな具合で、なんかジブリあたりが作ってそうなもんですけどという流れ。


じゃあそれを面白くしているのは何かというと、まず戦争という絶対的な絶望。さらにその絶望に負けないほどの愛の力の戦いなんだと思う。
目の前で友人が撃ち殺されるのを目撃し、山積みにされた死体を漁った果てに一緒に暮らした従兄弟の遺体を見つけ、デイジー自身も拳銃で一人の人間の命を奪い、そうまでしてようやくたどり着いた家は形は残っていて暮らせるもののボロボロで。
同じく家にたどり着いていた最愛の人エディは瀕死の重傷、看病してどうにか動けるようにはなったけど心に深い傷を負っていてまともに口も聞けない。


それでもなお、彼女は狂気に落ちずに
「わたしは生きていける」
っていうお話なんですよね。


そんなに現実は綺麗じゃないけれど

フィクションはフィクションであって、少なくとも自分は愛じゃあ生きる理由にはならない人種だ。だからあまり共感はできなかった。……我ながら寂しい人間かもね。


ただ、もしもあのような世界に自分が叩き落とされたら?
その時「わたしは生きていける」って言えるのか。
その時自分が生きていけるに足る根拠は何か?
そんなことを考える切っ掛けになる作品だったかな、などと思う。


私たちの生きる現実世界……この日本は、戦争は起きてないし物も豊かではあるけれど、生きる理由に苦労する人間がたくさんいる時代だ。
自殺する人は絶えないし、禅が流行するのも、間接的には危険ドラッグだってわたしには「生きる理由の混迷」がスイッチになっているように思える。


あなたは生きていけますか?

わたし達はデイジーのように「わたしは生きていける」と言えるだろうか。