心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

日本初の金産出地、涌谷町で黄金を巡る歴史ロマンを感じる

正確には地元ではないけど、同じ宮城県だし歴史は感じたしいいでしょ!

「歴史を感じる場所」 #地元発見伝
https://www.google.com/maps/preview?q=38.558091%2C141.136256
涌谷町, 宮城県佐沼街道

地元の魅力を発見しよう!特別企画「地元発見伝
http://partner.hatena.ne.jp/jimoto/



先日、前々から参拝してみたいと思っていた涌谷町の「黄金山神社」へ行ってきた。

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仙台駅から1時間ほどで到着。駅前には町の観光マップがありワクワク感を盛り上げるのだが、実際にはかなり静かな町。
そうよねー、観光でなかなか来ないよね、普通は。

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駅からほど近い場所には城山公園という公園があり、もともとは涌谷城というお城があった場所だ。春には桜が咲いていい感じだとか。
現在のお城風建物は涌谷町立史料館となっている。


ここから目的地の黄金山神社まで、結構な道のりとなる。

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少しずつ市街地を離れ、山の方へ。やがてド派手な鳥居が見えてくる。
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これは参道側から撮ったが、よく目立つ黄金の大きな鳥居が見えてくるので迷うことはないだろう。


裏参道には茶室などもあり、まったりすることもできる。
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こちらが本当の鳥居と拝殿である。周囲は自然に囲まれていて透き通った空気。

黄金山神社。「こがねやまじんじゃ」と読む。
その歴史は古く、奈良時代にはすでにあったようだ。

聖武天皇奈良の大仏を建立しようとした時のことだ。
日本では金は産出されないのが常識の時代であり、大仏の造営に使う金はすべて輸入に頼っていたが、それでも足りないという事態が発生していた。
そんなときに

「あっ、うちのところ金出ましたよ」

という具合で当時の陸奥国守・百済王 敬福が黄金900両、現在でいうと約13キロもの金を都に献上したことで無事に大仏は完成。
聖武天皇はえらく喜んだらしく、金産出の関係者はことごとく位が跳ね上がり、さらには喜びすぎて年号を「天平」から「天平感宝」へ変えたりする始末。同時に神社の名前も「黄金山神社」に改められ、日本初の金産出の地として盛り上がっていく。
当時のこの地は黄金フィーバーに沸いたのであった。


ともかくわたし以外に参拝者もなかったのでじっくり手を合わせる。
祭神金山彦神
鉱山の神様であることから転じて、金属関係、つまり鍛冶神として信仰を集めている。現在では商売繁盛の神様としての側面もあるようだ。
下世話な話、金運アップ的な意味で来ていただけに金山彦様には申し訳ないことをした気がします。

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拝殿の裏に回ると、まっすぐに伸びたひときわ大きな杉の木が立っていた。ご神木である。
大きな2本が本当に天に向かってまっすぐに。なんだか気持ちがいい。
晴れ間がのぞいたと思えばすぐに曇ったりと天気も優れず寒い日であったが、それもまた神社の境内にいるとなにか良いものに思えてくる。


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参拝を終えると、神社のすぐ隣にある「天平ろまん館」へ。

ここではかなり勉強になりました。
おそらく館長さんと思われる方に直接説明を受けながらじっくり金産出と涌谷町の歴史を学ぶことができた(館内には自分しかいなかったのですげー丁寧に教えてくれました)。

涌谷からは縄文時代の土器は出てくるのだが、弥生時代の土器は出てこないらしい。代わりに出てくるのは須恵器。
そしてつながってくるのが渡来人の存在だ。
思い出してほしい。金産出の時、陸奥国守は誰だったか。百済王 敬福という人物である。
白村江の戦いの後、彼のご先祖様はほとんど日本に帰化したような状態で生きることになった。
その子孫たちもまた日本で暮すようになる。しかし一応は外国人であり、朝廷も警戒して物理的な距離を離した場所に彼らを配置する。それが陸奥だった。

韓国には黄金山とよく似た地形の山があり、そこもまた黄金がよく採れたという。
そこに気が付いた彼らは黄金山を掘ってみたら、やはり金が出てきたようだ。

大仏建立に際しての黄金献上によって、この地は大フィーバーを迎える。
しかし一通り取り切ってしまえば出てこなくなるのは必定。やがて彼ら金を掘ることで生計を立てていた者たちは、次なる金鉱を求めてこの地を離れ、寂れていったそうだ。


ところで奈良の大仏東大寺のアレだ。
「大仏サミット」らしきものが行われているらしいが、当然そこには涌谷町も参加、しかも一番偉いらしい。
いかに黄金が重要視されていたかが分かる。


江戸時代になると伊達政宗的な人によって、金華山黄金山神社が金産出の場所だとされるようになり、そちらが盛り上がることになる。
涌谷町の黄金山神社、不遇の時代の到来である。
しかし江戸後期に「いや、涌谷黄金山神社が本当の産出場所じゃないか」という説が浮上。
昭和になってからの発掘調査で実際に奈良時代の遺構が発見された上、地質調査でも良質の金が含有していることがわかったため、涌谷が産出地であることが確定したという。
伊達的なひともなかなか人騒がせである。



ちなみにこの「天平ろまん館」、砂金採り体験なんていうこともできる。親子でも楽しめそうだ。実際に楽しそうに砂金採りをしている子供がいた。



黄金山神社
こちらの黄金山神社公式ページの宮司さんの挨拶が粋だなあ。

ジェットコースターのような人生もなかなかですよ。(人生山あり谷あり)神様から与えられたたった一度の人生を生きた甲斐があるってもんです。