- 作者: 志賀直哉
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/04
- メディア: 文庫
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それは中学生だったでしょうか、国語の教科書に載っていた「城の崎にて」を読んだ瞬間からずっとで、なんでだろうと思ったので自己分析してみるとですね、その取り扱っているテーマも凄く魂を震わせますし、志賀直哉の言葉の運び方もそれはそれは大好きであるということになりまして。
いくらお話が面白くてもそれは「面白い」で終わってしまうわけですし、いくら文章の技巧が優れていようと「巧いなあ」で終わってしまうわけですし。
個人的には志賀直哉の持つその文体と、「城の崎にて」という作品が内包するテーマとの組み合わせが凄く相性が良すぎるのがわたしの心をつかんで離さない原因だと思っています。
小説の神様とまで言われる志賀直哉先生を捕まえて偉そうに語っていますが、なにとぞご容赦ください先生。
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必要な分しか書かない、それでいて豊かに情景が浮かぶような文章の過不足のなさが好き
まずはその文章そのものから考えてみます。
「城の崎にて」はページにするとわずか8ページという極めて短い作品なのですが、読み終わったときの感覚は8ページを読み終わったようなライトなものではありません。
一人きりで誰も話相手はいない。読むか書くか、ぼんやりと部屋の前の椅子に腰かけて山だの往来だのを見ているか、それでなければ散歩で暮していた。散歩する所は町から小さい流れについて少しずつ登りになった路にいい所があった。山の裾を廻っているあたりの小さな潭になった所に山女が沢山集っている。
「写実的」などと言われるその文章ですが、淡々としているようでまるで絵画や写真でも見ているような不思議な感覚。情景がありありと浮かぶようで。
冷々とした夕方、淋しい秋の山峡を小さい清い流れについて行く時考える事はやはり沈んだ事が多かった。淋しい考だった。然しそれには静かないい気持がある。自分はよく怪我の事を考えた。一つ間違えば、今頃は青山の土の下に仰向けになって寝ているところだったなど思う。青い冷たい堅い顔をして、顔の傷も背中の傷もそのままで。祖父や母の死骸が傍にある。それももうお互に何の交渉もなく、――こんなことが想い浮ぶ。それは淋しいが、それ程に自分を恐怖させない考だった。
流れる川のように心境の描写へと移ると、これまた淡々と描かれていくのですが、それがまた独特の美しさを醸し出しているように感じられて仕方がありません。
冷静に心理を描くが故に、逆に研ぎ澄まされた刃物みたいにはっきりと心理も見えてくる。そんな感覚です。
過度な修飾表現もなく、何か特別なこともしていなく。
いらない言葉を削って削って、その先にたどり着いたような機能美すら感じるような文章だと思います。
死に対する考え方がもう、なんか、好き
この「城の崎にて」という作品は、電車に引かれて怪我をした「自分」が城の崎で養生中の日々を切り取った作品で、蜂の死骸、子供たちに石を投げられて必死に生きようとするネズミ、そして何気なく自分が投げた石が当たり死んでしまったイモリ、そういった生き物たちの「死」を見ながら、死んでもおかしくないような事故に巻き込まれても「生」を続けている自分との対比を、その写実的で研ぎ澄まされた文章で見事に表現している作品だと思うのです。
自分は偶然に死ななかった。蠑螈(いもり)は偶然に死んだ。自分は淋しい気持になって、漸く足元の見える路を温泉宿の方に帰って来た。遠く町端れの灯が見え出した。死んだ蜂はどうなったか。その後の雨でもう土の下に入って了ったろう。あの鼠はどうしたろう。海へ流されて、今頃はその水ぶくれのした体を塵芥と一緒に海岸へでも打ち上げられている事だろう。そして死ななかった自分は今こうして歩いている。そう思った。
(中略)
生きている事と死んで了っている事と、それは両極ではなかった。それ程に差はないような気がした。もうかなり暗かった。視覚は遠い灯を感ずるだけだった。足の踏む感覚も視覚を離れて、如何にも不確だった。只頭だけが勝手に動く。それが一層そういう気分に自分を誘って行った。
生と死を醒めた目で見つめている感覚。そして「生と死はそれほど差がない」という気持ち。
一度死にかけた自分が、他の生き物の死を想い、見ることで実感として積み重ねていく静かな死生観。
そういう内容も綺麗な作品です。
まとめ
おそらくちゃんとした文学者さんが沢山書いているようなことでしょうけれども、どうしても書いておきたかったので書きました。
まず文章が透き通ったガラスでできた鋭い刃物的な美しさ。
そして「命」というテーマを扱いながらも真正面から変な修飾もなく最小限の言葉で最大の表現で描き切る綺麗さ。
そういうところが好きなんだと、自分なりに思った次第です。
- 作者: 志賀直哉
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