心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

生きる意味がないと死ぬ人のために


雑草 / ColdSleeper

「生きる意味なんて存在しない」なんて言われてもやっぱり理由はほしいな、だって人間だもの。 - 心がよろけそうなときに読むポンコツ日記
こちらを読ませてもらったんですけど、まあことごとく同意という感じの「げ」です。

「何のために生きているのか」はあまり考えないほうが良さげ - 心の雑草
以前こんな反対の意見みたいな記事を書きましたが、これはつまるところ私自身が「生きる意味」というものに意識をフォーカスしているからに他ならないエントリなわけであって、結局今は「生きる意味が欲しい」状態だったりします。
当時はこんなこと書いてたのに、やっぱりだめでした、わたしには生きる理由が必要なようです。

「生きる意味なんて存在しない」のだとしてもそれを必要とするタイプの人間というのはどう考えても一定数はいて(しかもそれは結構多いと思う)、それがはっきり見つからないが故に彷徨っているひともいれば、「オレの生きる理由はこれだ!」と自分なりに道が見えていても現実がそれとはかけ離れていることに苦しんでいる人もいるかと思います(私は後者のタイプです)。

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自殺する理由に対しての個人的見解 - 心の雑草
こちらも以前私が書いたエントリになるのですが、id:ponkotukkoさんの考える「生きる理由」と同じようなことを書いていました。
でかいでかい生きる理由を定義したとしても、そこに至るまでの道筋をちゃんと考えていないと現実との離れ具合に絶望すること請け合いなんですよね。

わたしの場合なら最終目的地点としての生きる理由に「日本中を旅してまわりながらブログを書いたり情報発信することで金銭を得て、そのお金で旅をして・・・というサイクルを作って生きていく」ことが夢であり、生きる理由だったりするわけです。そういう生活ができるようになったとき、おそらく「生きてるなう」とかTwitterに呟いたりするんだと思うんです、わたし。
じゃあどうするかというと、それこそ細分化して、「今の自分が最終目標としての生きる理由に近づけるために今行える生きる理由」を作って、実践していくということになります。

今のわたしならこうやって「ブログを継続して書き、育てていくこと」とか「ブログでの収益の高め方を考える」とか「ちょっとまとまった時間ができたら、積極的に旅に出てみる」とか「本を読みまくって意識を変えたり具体的な面でも学びを得ていく」とか・・・。


言ってみれば「生きる理由」を
大生きる理由
中生きる理由
小生きる理由
みたいな感じで階層化して、今日常的にできる小、少し時間などに余裕があるときに行う中、そして達成するべき最大の生きる理由である大みたいな感じにして、積み重ねていくことが一番現実的なのかな、と思います。

大が「健康なまま長生きしたい」なら、中は「休日はジムに行って身体を動かす」で、小が「毎日の食事に気を遣う」みたいな感じですかね。
リアリティのあるところから生きる理由を積み重ねて、徐々にでっかい生きる理由まで連結していくっていう意識がないと、「生きる理由」が遠いところにあるどころか手の届かない異次元に存在するような状態になりますから、余計に苦しくなるように思います。


ちょこちょこと自己啓発本とか読んでますけど、やっぱり夢でもなんでも「現実感」「リアリティ」みたいなものが極めて重要みたいで、リアルにイメージできることというのは実現のための第一歩みたいですから。
「将来旅とブログで生計を立てながら生活している」ことをイメージしつつ、「たまに一泊二日の旅に出る」とか「しっかり飯を食う」とか、そんなことを生きる理由の一翼にしながらなんとかかんとか生きてます。
正直つらいところも結構あるけどな!!

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生きる意味 (はじめての哲学)

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