心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

「ブログ」に何を求めて読むのか

「〜まとめ」とか「〜攻略」とか、その手の記事はやっぱりアクセスが伸びやすいようだ。


実際に私もダークソウル2の攻略記事を書いたあと、アクセスが激増した。

全体のアクセス解析をしてみても、ゲームの感想、映画の感想、そういった記事が圧倒的にアクセスを稼いでいて、いわゆる「データ」の延長線上にある記事がよく読まれるのは明らかである。


……まあ、自分でそういう記事書いてて言うのもあれなんですけどね。
「ゲームや映画の感想」系はなんとか意味があるように思うんだけど、「〜の作り方5選」なんかのまとめ記事“だけを”ひたすら量産するようなスタンスっていうのは「もはやブログではなくね?」と思ってしまうのである。

「筆者の思ったこと、考えたこと」のウエイトが文脈の中にある程度存在しなければWikipediaと同じようなもので、「ログ」としての側面がないならもはやまとめサイトである。ブログである意味がない。

ネット上のレシピのリンクを貼りまくって、体裁整えて、「美味しい〜5選!」みたいな記事には何があるのかっていう。小保方さんじゃねーけど似たようなことが頭をもたげる。



私がブログを始めるようになって、そして他の方のブログを読むようになって一番面白いのは「ログ」の部分、筆者の日記や記録の延長線上にあるコンテクストであって、そこには筆者だけの感情や思考といったオリジナルが垣間見える。
それが面白いから読んでいるし、というかそういう「自分とは違う感覚の人の物事のカットの仕方」が文章として表現されるから面白いんちゃうんかい、とか思うのである。



その辺を逆手に取ってるのが「自省log」さんのところかなーと思っていて、チェーンソーとか酸素カプセルなどという「絶対一般家庭で買わないでしょ」ってもので3選とか5選とか記事を書くもんだから、ある種のブラックユーモアも感じられて非常に面白い。
そもそもの地点が逆転する発想。私にとってはこういうのを読みたいんだよ、っていうブログの一番だ。


だから自分は、ゲーム攻略でも食レポでも、出来るだけ自分の思ったこと、考えたことを織り交ぜている。
「〜5選」みたいな記事でも、ネットから引っ張ってきて終了は絶対にしない。自分の五感で体感したものだけを書く。

それがいらないなら他のまとめサイト見てください。