心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

「量より質」に対しての自分用見解と補足

充実した人生を送るためには「量より質」という考え方が必要。今、確実にできることだけ、やろう! - 僭越ながら

最近人気のブログ「僭越ながら」の管理人、すくろあ様(id:sclo-a)の2014年1発目の記事がこれで、いやーなんか嬉しいというか。


というのも以前
「努力」の本質は量より質である - 「げ」の一歩 改
こんな記事や
努力を減らす才能 - 「げ」の一歩 改
こんなのとか
自分の「努力観」とジョジョ(特に第2部)の関係 - 「げ」の一歩 改
好きなマンガと絡めてこんなことも書いたこともあるから。


ブログ「僭越ながら」では断捨離をテーマに量より質を扱ったりしていて「努力」に対しては言及してはいないが、個人的に本質的な部分は同じだと思うのでいろいろと書いてみたいと思う。



これまでに書いてきた記事の焼き直しになる部分が結構あるのだが、やっぱり「努力の量に対して成果が上がらない」という状況をどう考えればいいかというと、必要な努力が少ない=無駄なことが多いってことだろう。
数学のテストでいい点とりたいのに筋トレしたって意味がないのは当たり前の話で、これと似たようなことが分かりにくい、ミクロな差異でもって努力の中のノイズでまぎれているんだと思う。長距離走と短距離走ではトレーニング法が違うのに一緒にランニングしちゃったり、とか。学校の部活なんかこの辺顕著だと思うんだよなあ、「根性論」を盾にしてね。


無理矢理に断捨離とリンクさせるとすれば、努力の内容全体から「無駄な努力を見極め、断捨離する」ことはそのまま使える時間を増やすし、質を高めることにつながる。


充実した人生を送るためには「量より質」という考え方が必要。今、確実にできることだけ、やろう! - 僭越ながら
この記事タイトルがずばーん私の心に突き刺さり、思わず数少ない緑色のスターをつけさせて頂いた。
「人生」とは、言い換えるとほとんどの人はおそらく100年ないであろう制限時間のことを指す。

有限な時間、しかも明確なタイムリミットが分からないというのに、少なくとも私は無駄なことをしたくはないし、「やるべきこと」「やりたいこと」をはっきりさせた上でアクションに移行したいのだ。



ここまで書いてきて「僭越ながら」で言及されている「量より質」とはズレが見えてきた。まあ同一人物ではないから当たり前ですが。

ただこうやって「やるべきこと」「やりたいこと」「できること」をしっかり見極めてから行うようにすれば、まず行うことが集中して質が高まり、成果の質も高まり、そしてその時の精神的充足の質も高まることは間違いないと思う。



ちなみに私は断捨離もモードに入ると結構うまいというか、モノを捨てることにビビりも遠慮もないです。
根本的に「悩んだら買わない、捨てる」というスタイルだから、モノは増えにくいし減るときゃあっさり減る(本を除く)。
これも質を優先しているからかなーと思ったりしてね。


とりあえず30冊ほどある「ゴルゴ13」の質の高い収納法を考えようと思う。これからも増えるし。