心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

「まんが 哲学入門」2周目感想・後編

おはようございます、一歩です。

「まんが 哲学入門」締めくくりの第4章感想です。
この章は中身と言うより、読んだ後にそれぞれどう思うか、何を考えるかのほうが素敵なことになりそうなので、そういった具合で自分の考えを書いてみようと思います。

第4章 生命論

誕生肯定、つまり「生まれてきて本当によかった」と思えるようになるために生きる。これが森岡先生の「私はなぜ生きるのか?」に対する回答でした。

そうなると誕生肯定するための理由、何というか誕生肯定するに値するだけの生きる理由、意味、それを構築する部品が必要になると思うのです。
そしてそれの探求こそが一番の問題だったりするのではないかと思うのです。

自分の回答としましては、生きるための部品なんて石ころのようにそこら中に転がっている。生きる理由なんてそんなもんだ、というスタンス。
そんな部品をそのまま拾い集めて使ってもいいし、それらを使ってさらに大きな誕生肯定を生み出してもいい。
この転がりまくっている石ころを選び過ぎたり、生きる理由として拾う目が養えていないとさぞ辛いだろうなあって感じです。もう見境なく拾えばいいさ!

織田裕二が世界陸上見て「地球に生まれて良かったー!!」と言ったのも誕生肯定。織田裕二は地球に生まれ、世界最速の男を見ることができるという「生きる理由」から、自分の誕生を肯定しています。

もっと小さなことでも構いません。
「あー昨日食ったラーメン美味かったなあ。また食いてえな」……十分生きる理由になると思うんです。

「明日はジャンプの発売日だ!!」……少なくとも明日までの生きる理由になります。

こういうのを積み重ねてデカイ意味を持たせることもできますよね。
「ラーメン美味かったなあ」→「とーちゃん、オレ、ラーメン屋になる!!」→脱サラ、修行、貯蓄→開業。
みたいな。


生きていなきゃあラーメン食えないしジャンプも読めないし開業できないし、世界陸上も見れません。
死ぬの、もったいないなあーと。死んだら好きなこと出来なくなるなあーと。逆説的な誕生肯定へのアプローチ。これでも構わないと思います。

「美味いラーメン食えるし毎週ジャンプも読めるし、ラーメン屋開くために勉強頑張れるし世界陸上も見れるし、ああ生まれてきて良かったー!」ってなりませんか?自分の誕生肯定なんてそんなもんの積み重ねで出来ています。


変に真面目に考えすぎると、むしろ生きてて良いのかなあ?というほうに引きずられたりするので、このくらいライトな感じに考えたほうが、人生きっと上手くいく。
自分はそう思います。


皆さんの誕生肯定の根拠、これを読んで見つかれば嬉しい限りです。


うーむむ。ただ誕生肯定を必要としない人も中にはいるんじゃないだろうか、なんて。
本書の最後の疑問にも繋がりますが、「誕生肯定」を生きていく意味として選択しない自由もないといけない気がする……。
そんな方の意見も聞いてみたいですね。


まんが 哲学入門 生きるってなんだろう?
森岡正博・寺田にゃんこふ