心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

「まんが哲学入門」 2周目感想・中編

一歩です。食後の哲学。



もはや愛読書である、「まんが 哲学入門」の2周目感想・中編です。


・第3章 「私」とは


この「プギャー」によって指し示された読者それぞれが、この宇宙にただ一つだけ存在している「私」であるというところでしょうか。
ううむ。個人的にはこの「私」を巡るテーマは面白く読ませてもらったものの、色々思うところがあったりなかったり。
本項で述べられる「ひとり存在」という概念ですが、「この宇宙にひとつしかいない」という前提のもと話が進んでます。
「真のひとり存在」と「偽のひとり存在」とか、イデア論っぽかったなあ。

で、まあバークリー好きの戯言として。
……そもそも宇宙がひとつではないとしたらどうでしょうか。物質的な意味ではなく精神的な意味において、我々人間は、というよりあらゆる生物は、自分が見た、聞いた、感じた、知ったものによって世界を構築しています。それぞれの生物にとってそれが世界=宇宙です。生きてる限り死ぬまで画面はFPS、主観画面ですから。
精神宇宙は、無限の数だけある。そしてそれぞれの宇宙にひとつずつ「ひとり存在」がいる……とすれば、屁理屈っぽいですが話を突破できる気がするんですがどうか。
「お前がそう思うんならそうなんだろうよ、お前の中ではな」なんて、「俺とお前は違う宇宙に住んでいる」のメタファーと言えなくもないと思うんです。

少なくとも自分にとっては自分は「真のひとり存在」と言ってもいいんじゃないかなあ?とか思いました。
その上で、自分には感じ取ることは不可能だが相手には相手の宇宙があって、「あいつにも自分と同じように、あいつなりの“真のひとり存在”がいるんだろうな」という想定の中、尊重しあって生きていくっていう感覚なんです、自分は。
物理的ステージは同じ宇宙だけど、精神的ステージではそれぞれ個別の宇宙を生きていると考えてます。なので正直、「私ってなんだろう?」と悩んだことがなかったのです。「オレはオレだ」で片付いてました、はい。
でも「ひとり存在」という概念は、自分なりの考え方をまとめる際にすごく分かりやすくなって、ナイスな概念でした。なんだか助かった……。


とか思っていたらふと仏教とか思い出してしまいまして、「無我」という思想には森岡先生はどんなアプローチするんだろう?とか。

あれ?自分の考え方ってつまるところアートマン=ブラフマン、即ち梵我一如じゃね?と気付いたりとか。確かに仏教とかインド哲学とか好きなんですけどね。


などと色んなことに考えを巡らせるきっかけになった章でした。こんな風にうにゃうにゃと考え込む「私」。
アイデンティティー論ですね。
こういう意味合いから「ボーン・アイデンティティー」を観なおしたら面白いかも。アクションだけじゃなくて心理描写も激アツになりそうです。




あえてボーンシリーズへのリンクも貼ってみる。

関連記事はこちらからリンク貼ってます。

「まんが 哲学入門」 感想

「まんが 哲学入門」2周目感想・前編