心の雑草

「げ」と申します。心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

個人と社会のお話

ちょっと職場で交わした会話から思ったことを(仕事の話ではありませんが、真面目なお話です)。



「個人」と「社会」。
視点で大きく変わるけど、やはり自分は社会より個人のほうが大きな存在であると考えている。
「社交性とか自己発言力とか、そういうの社会においてどう必要なんですかね?」と言われたら、そもそもその社会を取捨選択しながら世界を拡大していくのに必要だと思っている。

社会を構築していくのは、それぞれ個人。
個人個人で社会も異なるしね。




「社会ってなんだ?」と問われたら、「人間が関係性の中で作る〜」みたいな回答よりも「個人が各々築く、拡大性を持つコミュニティの集合」みたいな回答のほうがしっくりくる。


「家族」とか「学校」とか、そういう社会がどんどん拡大していくわけだよ。
そのための力。拡げるだけではなくて、取捨選択できる力。それを鍛えていかないと。


単純に「社会」をどの視点から見るのかって話だったりもするのだが、やっぱり社会の中に個人がいるというよりは、個人個人がそれぞれ社会を構築していくものだろう。


うーむ。
書き出してみたものの、大したこと思いつかないなあ。


まあ、なんですか。
個人>社会っていうスタンス也。

もちろんこの場合の「社会」を誤らない上でな。