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心の雑草

「げ」と申します。「旅=人生」というライフスタイルをめざして、心の雑草を抜いては肥料に変えていくブログ。

ネガティブ思考の正しい使い方

考えたこと ライフハック

今朝Gunosyちゃんを見ていたらこんな記事が。
“黒い感情”があってもいい…変わりたい人へ自分を受け入れるためのヒント | ビジネスジャーナル
うーん。かなり自分の言いたいことが書かれていて共感したものの、「黒い感情があってもいい」理由の部分についてもうちょっと詳しく書いてみたいなと思ったのである。

もし、人に対してネガティブな感情を持ってしまう自分を好きになれないなら、そんなところも自分の魅力なのだと開き直ってしまいましょう。

って言われてもねえ…無理やり魅力だと思おうとすることが既にストレスですしねぇ。つーかどう考えても「魅力」とは結びつかねえ俺の思考。
自分の生き方において重要な「客観性」であるが、この客観性を得るために必要なのは「開き直る」ってことじゃないし、「ポジティブになる」ということでもないと思うのよね。なんだかオネエみたいになってしまいましたが、この自分が大事にしてる「客観性」を語るのに良いテーマだと思うので書いてみる。



そもそも「ネガティブは良いことない!」
っていうのが個人的には間違いなんですよ。
「ネガティブ」は悪いことばかり見たり考えたりすることだけど、よく言えば「用心深い」「リスクをちゃんと見ている」現実的、リアリストの発想だと思う。ただそこに感情を溶かしていることが問題。

他人に怒りを感じる、嫉妬を覚える、疑ってしまう……それらの「黒い感情」は、全てその原因が感情の前に存在しているはずなのだ。
例えば相手のやり方が自分の合理性に合わないだとか、自分に持ってないものを持っているとか、過去の経験則から信憑性がない、とか。それらは「黒い感情」の前に一つのデータのようなものとしてそこに存在している。
これらが「自分に悪しき感情を発生させている原因だ」と理解すれば、なんというか理詰めで解決策を探そうという回路にシフトする。これが狙いというか、うん。
何かがあった時「自分は何にキレているんだろう」というような思考法を持つことが出来れば、その瞬間「黒い感情に飲まれた自分」と「自分」を隔離できるのだ。


昔は自分を「ウッヒャア!俺はポジティブ男だぜー!」とか思っていたのだが、これはネガティブな人より危うい。
度が過ぎる楽観主義は、もう後戻りできないような状況になるまで気付かない可能性があるからだ。こうなるとネガティブ思考よりタチが悪いですぜ。ポジティブ至上主義には現実を見誤る怖さが潜む。


「黒い感情を持っていてもいい」というのは、「その感情を持ってしまう自分を肯定する」ということではない。「開き直る」なんて、そりゃスターウォーズで言うとダークサイドに堕ちることと同義だ。
だからといって「こんな感情持っちゃダメだ!」と否定することはもったいない。黒い感情があるってことは、物事に問題点を見えているってことだからだ。

「黒い感情を持っていてもいい」というのは、「黒い感情を持ってしまう自分“外側から”受け入れる」ということだ。これは肯定でも否定でもなく、ただ事実を事実として認めるということだ。

ダークサイドに堕ちる前に、その心の闇を利用して問題点を炙り出せばいい。
感情に飲み込まれないように「本質」だけを見ることができる自分を養えばいい。
そうして、「黒い感情」の原因の目前へと辿り着き、それと戦えばいい。
そのために「客観性」を身につける必要がある。自分はそう思っている。

この客観性を身につけるためには日々実践するしかない。
何か激おこな出来事が起きたなら、「あーいま自分激おこだわー、何が原因だろう」と考えられる「自分」に切り替える練習を積み重ねるしかない。
そうすれば、その時キレてる自分ではなくキレる原因となった事象にフォーカスできるはずだ。



FF好きなら4のセシルを思い出せばいい。暗黒騎士だった彼は、心の闇に沈むのではなく、否定するのでもなく、受け入れることでパラディンへとジョブチェンジを果たす(この時の戦闘は、暗黒騎士の自分に一切攻撃しないで耐え続けることで勝利になるあたり良く出来ている)。
スターウォーズファンなら、まあなんというか全体がそういう話だろう。飲まれればダークサイドに堕ちるし、きっと否定していても真のジェダイにはなれない。
ジョジョラーならば吉良吉影だ。深い喜びもなければ深い絶望もない、ただ平穏な人生を歩みたいという彼の考え方は、客観性と深くリンクする。


ついで…といっては失礼ですが、先のビジネスジャーナル様に書かれていた「自信ではなく自分を持つ」について。
ポジティブな人にあるのは「自信」。客観性を持った人にあるのは「自分」だと思っているし、自分があるから本当の自信が身に付くと思う。
客観性の結果導かれる結論は、自信なんていうやわやわな土台ではなくデータから「自分」が考えて出した答えだから。
それだけの裏付けがある結論なら、自然と自信も出てくるはずだ。

ラストサムライのBGM「A small measure of peace」を聴きながら書いてみました。
意味を考えるとたまらなくなるタイトルの楽曲。